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2009年11月23日 (月)

曽木の滝もみじ祭りと、大鶴湖の遊覧船。

鹿児島県伊佐市(旧大口市)に「曽木の滝」がある。東洋のナイアガラと呼ばれている瀑布でもあるが、もみじも綺麗な名所である。家人はその近くで生まれ、小学校低学年まで育っている。義母はそこで長く住み、生涯を終えているので、僕は数回その滝を見物している。多くは滝見物より、鯉料理を僕に食べさせたくて、義母が連れて行ってくれたものである。

姶良町で自営業を営んでいる、古くからの友人Sさん夫妻と、その滝を見物しようと、23日(勤労感謝の日)出掛けた。午後から雨の予報であったが、予報も外れるかもしれないと、強行した。

10時頃Sさん宅を車で出発して、約1時間で現地に着いた。滝の上に架かっている橋が、やがて取り壊されるという情報もあったので、その橋も見ておきたいとの気持ちもあった。

僕は到着まで知らなかったのであるが、本日は「もみじ祭り」の中日であった。もう、驚くほどの車の数。臨時の駐車場も設けられており、スタッフが誘導に忙しかった。僕はかつて、こんな多くの車と、人とがこの公園に集まったのを見たことがない。露天商達が沢山のテントで店を出し、多くの見物客が行き交っていた。多分200名程度は訪れていたように思う。

店を出している露天商

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前回訪れたのは14,5年も前であったので、その整備された公園の美しさに先ず驚いた。もみじは今が見ごろであることは、家人から聞いていたが、まさにその見ごろの美しさにも満足した。

見ごろを迎えたもみじ

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曽木の滝と橋

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滝の下流(大鶴湖・・・・川内川)

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滝の下流に、湖底に沈んだ発電所があることは知っていた。只それは渇水期にしか見ることが出来ないことも聞いていたので、確認したら、今ははっきり見ることが出来るそうである。滝ともみじを十分堪能したので、そこから2,3キロ下流にある、件の発電所を見るために、混み始めた駐車場を後にした。

この路線は道路の整備が行われているらしく、あちこち掘り起こした土が剥き出しになっていた。案内のスタッフが道路に立っており、駐車場へ誘導された。立派なトイレもあって、十数台の車が駐車していた。ここから150メーター進んだ森の中に、その発電所を眺める場所があり、スタッフが数名の客に説明していた。見るとそこには、曽木第2発電所の黒茶色のレンガ作り建物が、水中から現れていた。出来たのは明治42年だそうで、丁度100年経っている。その後60年間は発電所として機能していたそうであるから、昭和42年頃までは地上にあった計算になる。

対岸の森の中から見た曽木第2発電所

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スタッフの勧めで、遊覧船に乗ることにした。この建物の近くまで船を着け、眞近に見ることが出来るそうである。早速全員賛成し、一人1,000円を支払い、30分の遊覧に出発した。このダム湖の名前は大鶴湖と言うらしい。

ライフベストをつけ乗り込む。

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このダム湖について、熱心な説明を続けるボランティアガイドは、3日間の務めではあるらしいが、良く勉強している事が判った。素人とは思えない淀みのない説明に、下船時は拍手が起こった。

水深は確か200メーターとの説明であったと記憶しているが、、現在は渇水期で15メーター位浅くなっているらしい。住む魚の種類、夏に茂るホテイアオイの除去についての苦労、流れてくるペットボトルの回収、鹿の繁殖等々聞いているうちに、30分は過ぎていった。

行き合った遊覧船

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目の前で見た発電所の建物

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下船した頃、小降りだった雨もやがて本降りになり、身体も冷えてきたので、山の中を通っている、立派な舗装道路を湧水町へ向かい、温泉で身体を温めた。雨は夜まで止む事が無く、今晩予定されていた「曽木の滝もみじ祭り」の花火大会は、恐らく中止になったであろう。気の毒な事である。

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