高校新年会で感じたこと
毎年1月に行う恒例の高校の新年会を、今年は2月1日に行うとの連絡を受け、墓参や友人の妻の病気見舞いを兼ねて、出席すべく熊本市に向かった。2年振りの出席である。数年前迄は、ほぼ毎年80名余が出席していたが、最近徐々に減っていることを友人から聞かされていたので、今年の出席数がどの程度なのか関心があった。
僕等9名の県外からの出席者を含め、総数68名が参加した。やはり徐々に減少しているようである。多くの高校では卒業年次で**会と呼んでいるが、僕らの会も”34会”と呼んでいる。
物故者を追悼する黙祷に先立ち、会長から昨年と卒業以来の物故者数が発表された。昨年が8名、累計67名が亡くなっているそうだ。卒業者数は506名だから、何と13%に当たる人が53年間で亡くなった計算になる。想像もしていなかった多くの物故者数に、出席者から驚きの声が上がった。「こんな年齢に達したんだなー」というのが、改めて感じた偽らざる心境であった。まだまだ若いと自分では思っていても、”何時どんな事が起きてもおかしくない”年齢になったのだ。
現役時代は、久しぶりに会う人たちとの名刺交換や活躍状況を聞くため、暫く飲み食いした後、あちこちのテーブルへ出掛け、殆ど自席に座ることなく校歌斉唱し、いつの間にかお開きになることが多かった。酒は飲んでも、満足に食べたような記憶が無い。
既に現役を退いた現在、会場内は昔みたいなざわついた席の移動が起きないのは不思議な現象だ。年を喰って、落ち着いてきたということであろうか、移動のテンポもゆっくりになったのか、或いは移動そのものが面倒になったのであろうか、同じテーブルで歓談しながら、自席で飲食する姿が多く見かけられた。何時もならあちこち顔を出しまくる僕も、例に漏れず殆ど移動せず飲食に精を出したのである。多くが現役引退をしていて、日常がほぼ似たような生活であると判っているので、近況を含めた情報入手に興味を持っていないのかも知れない。
開式に先立ち、同期生による祝い歌と舞の披露
テーブルに来た公務員経験者3人、現役医者3人と暫く談笑する時間を持てた。なんと公務員経験者は3人とも、今でも働いているという。全員白状したわけではないが、いわば天下り的な職場であろう事は話しぶりから判った。本音を言うと、僕は何処かに”羨ましさ”を感じた。「この年齢になっても健康で稼いでいる」その幸運にである。
「おい、何時までも働いとると、遊ぶ暇が無いぞ」と僕。彼らは黙って笑みを・・・。医者達もいまだに現役で診察に当たっているらしい。彼らが大きく見えた。
大志を抱いて入学した者も多かったが、僕など義務感から入学したようなもので、何の目的も夢も持たず、ただ受験勉強に苦しんだ高校時代であった。でも劣等生であったが故に、相手が気軽に声を掛けやすい存在であったようで、今でもそれが幸いしている面もある。”努力する才能”が欠如したこのような僕にも、親しく付き合ってくれる高校時代の友人がいることは有り難い。
熊本高校校歌斉唱
僅かな時間ではあったがこの夜は、二次会において親しい友2人と共に、名前も知らなかった4人を含め、声を枯らして歌い飲み、あの時代に戻ったのである。
だが正直にものを言うと、特定の友人を除いて、高校時代の同級生に会いたいという気持ちは余り起こらない。大学卒業後29年目の、最初に行った同期会の前夜、幹事としての立場は抜きにしても、再会する興奮に眠れなかったことと比べれば雲泥の差である。「高校3年生」の歌の様に、懐かしく思い出されないのだ。僕にとってはむしろ、長年の友人関係にある人たちや、現在住んでいる地区の人たちとの交流が大事である。熊本の土地に住み、今後交流が増えれば気持ちも変わるだろうが、僕はそれが出来る環境に無いし、第一友人関係は”歴史”である。一朝一夕に友情を育むことなど出来るはずは無いから、高校の同級生との会合は何年に一度のペースで良いと思っている。
翌日は阿蘇でゴルフの予定であったが、友人の妻の突然の手術入院で、取りやめ見舞いに行くことにした。この日は熊本市内にも雪が降り、阿蘇でのゴルフは勿論出来なかった。日本列島が寒波に見舞われ、Mさん宅を辞し自宅へ帰る頃、八代近辺はかなりの雪が降り出した。高速道が通行止めになったので3号線を南下した。不思議に日奈久の峠を一つ越したら日が差し始め、鹿児島県側は良い天気であった。
八代市内では前が見えないほど降った時間も
今年は4月に大学の、5月に中学の同期会がある。どちらも2年ごとに行なう約束で、共に回数を重ねている。大学のそれは僕が万年幹事であるが、その煩わしさなど全く重荷に感じない程、心待ちしている会である。引き換え中学のそれがさほど待ち遠しく感じないのは、過ごした年数や時代背景の違いや、親の監督下にあったかどうか等の違いによるのであろうか。僕には、出来事をおぼろげにしか記憶していない、遠く過ぎ去った中学の仲間より、出来事を比較的思い出し易く、年齢的にも青春時代を送った大学同期の仲間達が、懐かしく感じるのではと思うが如何であろうか。今回の高校新年会は、残された人生の付き合い方を考え直す機会になった。
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