久しぶりのマージャンに珍プレー続出。
昔あれほど熱中したマージャンも不思議なもので止めてしまうと、したいいう気持ちにならない。どうもこれは僕だけでは無く、大半の人に共通する心理らしい。多分最後のマージャンから15年以上経っているだろう。
年に2回ほど夫婦で集まる会合の第一回目を最近実施した。昔は同じ会社で仕事をした仲間であるが、退職後毎日が日曜日になるとそれぞれが別な趣味を見つけ、その趣味を通じて交友範囲を拡大させていく。従って以前のように夫婦で会う回数も少なくなった。それは至極当然のことでサラリーマン時代の限られた時間では趣味も限られ、我々の時代のメジャーな遊びといえばマージャン、ゴルフであった。
マージャンもゴルフも4人で行うのが一般的であるので、我々は集まると昼の部(一部)がゴルフ、夜の部(二部)がマージャンをするのが定番であった。現在では一部がゴルフ、二部が飲み会とカラオケに変わり、マージャンをすること等ここ十数年絶えてなかったことである。
この日は高速道路がどこまで乗っても1,000円で行ける割引制度が始まった日で、霧島の国民休養地に集合しグラウンドゴルフを楽しんだ後、焼肉パーティー(バーベキュー)を計画していた。天気予報は運の悪いことにそれまでの好天から一転、翌日まで曇り時々雨であった。予報が当たることはあまりないからと高を括っていたら、なんと予報が的中したのである。
そこで残念ながらグラウンドゴルフを中止にし、屋根付き小屋での焼肉パーティーを昼前から始めたのであった。8人前として買った2.5キロの肉が1時間くらいで無くなった。桜は少し散りかけてはいたが小雨の中の宴会を楽しんだ。しかし夕方まで時間を持て余すことに。勤めた会社の保養所を本日の宿泊所として予約していたので、訳を言って早めのチェックインをお願いした。
小雨に煙る霧島連山
男主導の焼肉
保養所へ着いて間もなく、一人が「今からマージャンしようか」と思いもかけないことを言った。誰も応じないと思ったが、案の定誰も返事しない。でも、彼の提案に押し切られる形で十数年ぶりのマージャンが始まった。
こうなると皆は昔を思い出したのか俄然闘志を見せ始め、着替えもせず温泉にも入らず、直ちにプレーを開始した。開始直後は点数の計算に手間を食ったが、不思議なもので半荘終了する頃には昔の勘がほぼ完全に戻り、確実な点数を計算できるようになった。そうは言っても長年のブランク、打牌に手間取ったりはする。何とか全員落ち着きを取り戻した頃「何であんた、俺の手を覗くのか」と対面から大きな声。リーチもかけてないのに僕の下家のMさんが、彼の下家であるHさんの手の内を思わず、覗き込んだのである。それもちょっとの時間ではない。ここで全員腹を抱えての大笑い。抱腹絶倒とはこういう様を言うのであろう。
何時もは比較的物静かなYさんがリーチをかけた。博才があると言われるMさんと違い、手堅い彼のリーチだから「まーそこそこの手だろう」と、とりあえず安全牌を捨てた。と、自分の番が来たYさん「あー、チョンボしたー」とこれも又大きな声。面子が揃っていないのである。罰金を支払う仕儀となったのであるが、ここでまたしても全員大笑い。
半荘終了時に牌を並べていたHさん。突然「5筒が5枚あるぞ、こりゃーおかしい、全部調べよう」「ん?」「えー?」。5枚を見て全員 絶句!調べたら3筒がもう一枚出てきた。2枚多かったのである。所謂「赤牌」と交換した際、「普通牌」を取り出すのを忘れていたのであろう。遠い昔先輩達から、左右12個(6列)中に10個(5列)並べて山を作れと教えられ、僕はそれを守っているのだが、皆面倒であったのだろう。流石に失態であったのでここでは笑いが消えた。「今の勝負はドロー」と言った途端、一番勝っていたHさんが大慌てで「そんなバカな」と必死の形相。勿論冗談で言ったのだが、そのHさんの慌てぶりに今度は大笑い。
昔はタバコの煙がもうもうとする中で何時間も、時には徹マンもしていたのに、それでも十分体力があって、毎日でもプレーしたかった。今は誰もタバコを吸わない。ウイスキーの水割りを飲みながら半荘2回で終わり、その後続けようとの声が上がらなかったのは、タイミング良く夕食の準備完了の声が掛ったのもあるが、お互い年を取ったということであろうか。十数年ぶりのマージャンはハプニング続きでもあったが、負けても清清しかった。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)




最近のコメント