第3回考古学講座を受講した。
殆ど午後から行くスポーツジムに、今日は午前中行った。35分間ランニングした後、何時もだとその後に水泳をするのであるが、今日は疲れたくなかったので水泳抜きで、サウナと水風呂に入りそのまま上がった。理由は午後行われる講座受講中に、疲れて居眠りする事が怖かったからである。
今日は第3回目(座学としては2回目)の考古学講座受講の日である。最近は読書中は勿論の事、パソコンに向かっている時でも眠気が差して、首が折れるのではと思うほどの居眠りをする事がある。ジムでの運動が影響している事は間違いないようだ。
40名程度の受講者であるから、居眠りすると目立つ。眠気覚ましにPET入りのアイスコーヒーまで持ち込んだ。一時睡魔が襲ったが切り抜けた。先生の講義が旨かったせいかもしれない。
講師の先生は県埋蔵文化センターに勤務している、縄文土器の権威者らしい。前職は中学校の先生であったとの事で、話し方、進め方も上手である。まだ30台と思しき年齢であるが、自信を持って熱く語る講義は人を飽かせない。
前述したが受講者は41~42名で、女性が半分以上占めていた。夏休みのため中高生も5名ほど受講していた。中高生時代の僕には考えられもしなかった事だ。何かの切っ掛けで興味を持ったのであろう。彼等が賢そうに見えた。
「縄文土器の不思議」と題しての講義であったが、かの岡本 太郎でさえ縄文土器を始めてみたときには、「隆線文に思わず叫びたくなる凄みを感じた」とか、「身体中に血が熱く沸き立ち燃え上がると、土器も燃え上がって異様なぶつかり合いを感じた」とか、凡人の僕などには到底理解できない心情などが紹介された。
明治10年に来日したアメリカの動物学者のモース博士が、コードマーク即ち縄文と訳した事、土器の誕生地として3つ上げられるらしいが、日本列島が発祥の地であると決定付けて良いほど、日本列島は世界の中で最も早い時期に土器を製作・使用した地域の一つである事、日本列島でも南九州が最も早い時期に土器を製作・使用した地域の一つである事なども知った。
縄文土器の研究から判ることとして、縄文土器は時間を計るものさしである事、人間集団のまとまりや、広がりを知る事が出来る事、生活様式の一端を窺い知ることが出来る事、交流の実態を知る事が出来る事、縄文人の”こころ”を探れる事などの説明には、土器が単なる粘土で作った食器くらいにしか考えていなかった僕には、目からうろこであった。
特に何百キロも離れた地域まで徒歩で行き、別の集団と交流をしていた等、初めて知る事実であったし、壊れた土器を補修しながら使っていた縄文人のこころ等を想像しながら、その時代に思いを馳せる時、考古学の研究者はロマンを持って、熱く語るはずだと納得した。
火焔型土器
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