遺跡発掘を体験した。
7日は現在受講中の考古学講座、「南九州の縄文に学ぶ」の第4回目の講座で、実際に現在発掘作業中の遺跡を見学し、しかもその発掘作業を体験するもので、是非受講したいと思い、希望者募集には躊躇わず申し込んだ。
バスの定員46名で打ち切ったその全員で、霧島市から鹿児島県出水市野田町の遺跡へ向かった。ほぼ8割が女性で、そのうち多くが県立埋蔵文化センターで働いているらしい。僕等夫婦は溝辺町から、途中乗車させて貰った。
現地は西回り高速道が予定されているルート上にあるため、その建設に先立ち発掘作業が進められている。聞くところによると、一日平均50名程度の見学者があるらしい。プレハブではあるが、発掘現場には事務所が数棟設置され、遺跡の発掘がこんな大掛かりで行われる事に驚いた。
さすが勉強会なので、車中は行楽気分ではない。引率する講師の先生が、遺跡について持つ知識を皆に教える。それでも女性優位のバスの中、途中道の駅に寄った後は、買った品物等について生活を匂わせる発言や、賑やかな笑いも。
途中、薩摩町永野別府原で、「地下式板石積石室墓」と、なんとも難しい読み方の、古墳を見学した。詳細は省く。
訪れた遺跡の名前は「中郡遺跡群」で、鹿児島本線野田郷駅から1キロ足らずの距離にある。そこは島津氏初代忠久の居館跡といわれる、「木牟礼城館跡」を含むもので、この館跡と関連すると思われる建物跡や、青磁などの輸入陶磁器が多く発見されているらしい。
さらにその場所は、縄文時代の集石(調理施設)や落とし穴などもあり、その後の中世時代の、竪穴の建設跡(作業小屋)や掘立柱の建物跡やかまどの跡もある。発掘担当者の説明を聞いているうちに、僕はすっかり空想の世界に入り込んでしまったようだ。多くの疑問が生じたり、不思議に思う事を、他の人には奇異に移ったかもしれないが、担当者に質問をし続けた。流石に実地に経験している人達である、実に明快な答えがよどみなく返ってきた。
主な遺物(使っていた道具等)は、縄文時代のやじりや石斧、木の実をすりつぶす石皿などが、中世では中国から輸入された青磁や白磁、石鍋などが出土するらしい。その時代の人々の生活を想像するだけで、胸が躍る。
遺跡現場
説明する担当者
溝状遺構
竪穴建物跡
集石
遺跡全般に亘り説明を受けた後、実際に発掘作業を経験する事になる。そこではかなり前から作業が継続されており、ヘルメットを被った作業員が我々の指導に当たる。道具は移植ゴテ、竹ヘラおよび手箕(てみ)と呼ぶ掘った土を運ぶ道具である。
薄く丁寧に、土を削るように掘る。掘った土は手箕に入れ、土置き場まで運ぶ。もし何かに当たったときは土器や石器である可能性が高いので、移植ゴテを使わず、竹ヘラを使って丁寧に掘り出す。出てきた土器や石器は出てきた場所から動かさないで、目印に竹串を立てる。このような指導があり、子供を含むたくさんの人達が、発掘作業を楽しむように体験した。
発掘作業をする見学者達
発掘作業する筆者
発掘された遺物
この作業を持って、今回の遺跡群現地説明会と体験発掘を終了した。僕としては、まだまだ勉強したい事が多く、配られたアンケートに、今後も継続してこの講座が開かれるように御願いした。若干消化不良の感が残ったが、まずは発掘体験を含めた遺跡の見学に、満足した気持ちで帰宅したのである。
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