趣味

2012年5月19日 (土)

久しぶりの船釣り

カテゴリーを釣りにするほど、熱中しているわけでもないが、決して嫌いではないし、昔は瀬渡しなどで磯釣りを楽しんだものだ。加齢とともに遠出が少なくなり、回数も徐々に減っていった。最近はHさんから声が掛かる以外、出かけることもなくなった。

昨年11月ごろからマラソン出場予定のため、足の故障が怖く、岩場で行う冬場のイカ釣りも断ってきたし、久しく船での釣りもやっていなかったが、Hさんと共通の友人であるMさんが、「船釣りをしよう」とのHさんの招待で熊本から姶良市へやってきた。

17日はほぼ晴れそうだし、全員の都合が一致したので挙行することになったのである。ジムで一緒のHZさんも一緒に行くことになった。彼とは今回2度目の釣行であるが、かなりのベテランであることは気付いていたものの、当日これほどまでに釣果に差が付くとは考えても見なかった。

午前6時港集合だったので、5時には起床して、準備万端整え加治木港へ急いだ。朝方は曇っていて、少し肌寒かったので薄いウインドブレーカーを着用した。
彼らは既に乗船していて、H船長は出港の準備に余念がなかった。僕も半年振りの釣りだから何となく気合が入って、「是非今日は彼らより多く釣り上げる」と本心で考えていた。

「先ず腹ごしらえ」と、サンドイッチを頬張り、内心やる気満々であった。走ること30分余、釣り場は鹿児島市の磯海水浴場と桜島の中間地点であるが、既に10艘近くの釣り船が集まっていた。波立っていた海面も1時間後位には静まり、釣りには最適な条件になったようだ。Hさんは熊本から来たMさんへ何とか釣らせてあげたいと、魚探で探し回るが、なかなか魚影を見付けだせない。クルクル漁船の周りを廻ること10分余、ようやく投錨した。

僕は船釣り用の電動リールを持っていない。いくら深くても手回しのリールで、魚の引きと、上げる時の魚の重みを感じたい。そして憎まれ口を叩く。「電動は3倍以上のスピードだが、僕は手釣りでも釣果に殆ど差が無いから」と。その言葉が効けたのか、Hさんが「電動を貸すから是非使ってくれ」と言う。さすがに100mを超すと確かに辛いし、スピードが無いから釣果に差が付く。そあいて僕は何時も市販の仕掛けを使う。料金的には高くつくが、手作りするほど時間もないから何袋か買い溜めしている。さすがベテランのHさんとか、HZサン達は自分で手作りするのである。Hさんが僕とMさんのために、手作りの仕掛けを呉れた。ハリスは6号に針は13号、針にサビキ用の飾りを結び、まるで市販の高級釣り針である。

折角だから借りることにしたが、予備に手回しリールを付けたソリッド竿を持ってきた。HさんとHZさんはそれぞれ2本の電動リール、僕とMさんは1本が電動、1本は手回しを使う。僕は何時でも竿を二本出すことは無い。人ほど集中できない性質だから、1本で十分なのだ。近くに2本出すと、いわゆる”おまつり”で、処理が大変で、気持ちも焦る。でも、折角の親切を断るわけに行かず、使い慣れない電動の使い方を教わり、結局最初は2本の竿を出したのである。

投入5分後、手回しリール竿に誰よりも早く強いあたりが来て、慌てて上げたが、逃げられた。その後にHZさんが声をあげ、中型のサバを釣り上げた。次に再度僕の電動リール竿にあたりがあり、外道の30センチ程度の中型アラカブが上がってきた。幸先良さを感じて、ここで粘ろうと4人共思ったであろう。ところがその後HZさんに2匹サバが上がった以外、3人には全く当たりが無い。この頃までは3匹を釣ったHZさんに、特別の意識を持っていなかった。

中型のアラカブ(かさご)

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釣り位置は船首に僕とHZさん、船尾にH船長とMさん。僕は何時ものとおりデジカメで動画や静止画を撮り、ラジオを聞きながらその時までは焦りなど全く感じていなかった。Hさんが「移動しよう」と言う。それから魚影の濃い地点を見つけること30分余、正直僕はイラついてきたが、「何とか釣らせたい」とのHさんの気持ちを察して我慢した。

暫く何の反応も無い。ところがHZさんが大声を上げた。「来た」「こっちも来たぞ」と同時に2本の竿にあたりがあったのだ。この時電動リールの威力を思い知らされた。もしこれが手巻きだと、片方は暫く放って置くか、誰かに巻上げを頼まなければならない。彼は他の1本のリールの巻き上げスイッチを入れ、最初の1本の取り込みをやっているのである。この時点で彼は5匹、僕はアラカブが1匹、他の二人はゼロである。ただ、この時まであまり焦りはなかった。

だが、以後のことについてはこれが現実かと思うほど、確実に差が付き始めるのである。嬉しさを押さえきれないほどの初心者ではない、ベテランのHZさんが、「又来た、こっちも来たぞ」と僕の横で叫ぶ回数が増えてきた。決して厭味でで言っている訳ではないのだが、真横にいる僕は声と共に、サバの大きさを見るのだから、焦らないわけはない。大きさは30cm~35cm程度はあるだろう。

HZさんのクーラーを覗いた(12時頃)

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4人が8本の竿を出し、錘は100号程度を使っているが、流れが早いのか何度か絡み合い、とうとう僕の糸がスクリューに巻き付いた時、電動リールの使用をやめて手巻き1本に絞った。既に絡んだ仕掛けが解けず、3個を捨てていた。
錘を120号に換えたのもこの頃である。

HZさんが多分10匹程度上げた時僕はようやく1匹か2匹であったろう。その後もHZさんはどんどん釣り上げる。僕はもう諦めでビールを飲み始め、彼にも勧めた。余裕の彼はそれでも飲みながらも竿から目を放さない。思い切って切り出した「HZさん、あなたの好調が理解できない、場所を変わってくれませんか」普通の人は言えなかっただろうが、僕は自分が釣りたいのではなく、何故彼だけ釣れるのか、真実その理由を知りたかったのだ。「併せてお願いです。あなたの仕掛けを貸してください」。やはり厚かましいか?

とうとう、彼の仕掛けを貰い、場所も変わってもらったのだ。Hさんが船尾から「これで釣れなかったら、あんたは恥搔くぞ」と冷やかすが、不思議な現実の謎解きをしたかった。ところがである。位置を変わったHZさんの声が又響いたのだ。

「来たぞ!」。何と言う皮肉。今まで僕が釣っていた場所である。もう僕は返す言葉もなく、「飯を食うぞ」と言いながら、大好物の納豆巻きとおこわのおにぎりを喰い始めた。相変わらず船尾の二人から声がかからない。彼らもお手上げで諦めたのかもしれない。だが、その後HZさんが相変わらず釣り上げている時、僕に2匹目と3匹目が掛かった。幾らか面目を施したが、彼に釣り上げた数を聞く気にもならなかったし、聞いても彼も覚えていないだろうと思った。大人しく釣っていたMさんと、妙に元気のないH船長にも2匹づつ掛かったことを確認した。
何時もは大漁のHさん、腕に覚えのあるMさん、今日はツキがなかったですね。ま、こんな日もあるでしょう。

食いが止まる時間がある。言うところの”潮止まり”現象であろう。HZさんの”あたり”がなくなった頃を潮時に、2度目の場所変えをするため姶良町の白浜地区へ向かった。岸から100mも離れていないのに、約100mの深さである。この深さだと手動のリールでは辛い。それでも折角だから投入した。何の反応もない。H船長に小型のサバが掛かったころ、急に風が強くなった。ここへ来て30分も経っていなかったろう。

ここが引き上げ時だと感じたH船長、「良し、引き上げだ」との一声で、加治木港へ帰ってきた。間違いなく強風で海が荒れてきた。数えはしなかったが、多分HZさんは24~5匹、僕らは一人3~4匹で、この開きは一体何だったんだろう?
多分仕掛けが全てではなく、海中でのコマセの流れと釣り針の位置を計算した上で、深さを決定する細やかな計算が彼にあったのではと推測した。

HZさんは気分が悪いはずはない。僕等3人に釣ったサバを分けてくれた。何時になく彼が大きく見えたのは、偏に釣り上げた数があまりにも多かった訳で、肥満体の体や分け前を呉れたことは関係ないことである!

ラジオの音がうるさいけど、動画をどうぞ。臨場感を出すため音楽は入れていない。

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2011年11月16日 (水)

久しぶりの船釣り

カテゴリーに”趣味”と入れるほどの熱中している釣りではないが、久しぶりに何時ものH船長から声が掛かった。台風シーズンの2~3ヶ月、陸上に揚げていて、たまたま船体検査を受ける期日でもあり、僕が船内の掃除を手伝ったお礼に「是非」との誘いであった。目指す獲物は脂の乗ったサバである。

友人の幾人かが用事があるとの事で、スポーツジムで顔を合わせるHZさんと3人での釣りになった。僕が早起きが苦手であることは友人達は知っているので、Hさんも十分気を使ってくれ、「7時でも良いよ」と言ったが、大いに譲歩して6時半に港に集合となった。

気候は比較的温暖、霞が掛かって桜島も殆ど見えないが波もなく穏やかで、満潮時刻は9時であると船長から告げられた。朝方はそれでも肌寒く、薄手のウィンドブレーカーを着用して乗り込んだ。Hさんは”釣り”に関しては、用意周到、万事遺漏無しの集中心を持っているから、前日に船へ足を運び全ての準備を終えていたに違いない。 

加治木港を6時50分頃出港して、桜島の手前にある燃島(もえじま)へ向かった。霞んでいるので何時もは見える桜島が見えない。それでも何度も通った場所だから、30分程度で目指す漁場へ着いた。途中HZさんと撒き餌を作り終えていたから、直ぐにでも釣れる状態にあった。

僕は何時もの如く、釣りのみに集中することなく、ラジオを聞いたり、ビールを飲んだり、カメラで撮影したりリクレーション気分である。この程度の向き合い方であるから、みんなの半分でも釣れれば良いと思っているので、慌てる必要も無い。だが僕も人間であるから皆が釣れ出した頃、独り釣れなければ焦る気持ちは当然起こる。

到着した頃、東の空に太陽が顔を出して実に綺麗な景色である。相変わらず目の前にある桜島は霞んでよく見えない。遊漁船も含め10艘近くが集まっていた。魚探を使い一発で群れを発見したのか、何時もは時間をかけて探し回るH船長が停船し、僕がアンカーを投入した。水深約54m程度でベテランの二人は早速釣りに掛かった。

僕はデジカメで動画を撮影したり、ラジオのスイッチを入れたりした後、仕掛けを作り始めた。錘は100号を使うことと、僕は何時もは全く使わない三角巾のコマセ袋を使うようにHさんから指示されていた。

彼らは電動リールで二本の竿を使うが、僕は電動リールを持たないので手巻きのリールの竿一本である。6~70m程度なら、さほど辛いとは思わないので、巻上げが苦になることはない。でもスピードは全く違うから釣果に差がつくのは当然である。しかし、手応えを楽しむには手巻きリールを使うことである。揚げる途中の、魚の動きを手先で感じることは電動リールでは出来ない。これは持たぬ者の僻みでもあるが事実でもある。

13号のアジサビキに、大型の生オキアミを付けて落とし込んだ。コマセ籠に代えて袋を使うので、落とし込んだ時点で撒き餌が散ってしまうのではと僕は考えるのだが、二人はそれを使い続けた。でも僕は効率的なのは籠であると考えたので、申し訳なかったが決まりを破り5~6投目からロケット型の何時も使う籠に代えた。

2投目で小型のアジが掛かった。彼らには加えてイトヨリやカマスやタイも釣れ、「これでは五目釣だね」等云って釣っていたが、「アジの形が小さい」と不満をもらし始めた。僕にも小アジが5匹程釣れていたとき、H船長が「35~40m程度でサバが釣れた」と叫んだ。早速全員その深さに合わせアタリを待った。

結構な強いアタリにあわせ巻上げを始めた。明らかにアジの引きと違うから、サバであると確信した。30cmの中型も数匹、一匹だけ35cm程度の大型のサバが釣れた。HZさんの電動リールの心地よい音が聞こえてくるが、こちらは左右の腕に力を入れて巻上げなければならない。加え、動画作成の為に彼らの釣り上げる様子をカメラで撮影するので、当然釣りに集中できない。

「これだけ釣ればまあまあか」と、ここでビールを開け周囲を眺めながら飲み始めた。運転は6時間程度後だから、缶ビール一本程度は大丈夫だろう。波は静かで、気温も上昇始め心地良い。実に幸せな時間を持てて大満足である。釣果も気にならないといえば嘘になるが、電動二本と手巻き一本では、相手にならないから最初から諦めている。

一時、入れ食い時間があった。3人とも「今だ」と言って集中した。中型サバが3匹掛かったこともあったが、殆どの場合1匹であった。HZさんが「頭を落としたほうが、帰ってからの仕事が楽ですよ」と言う。後の作業は当然家人がするから真似する必要もないのだが、彼から習って数匹の頭を落とした。

「もうサバは良いからアジを釣りに行こう」と、そこから西方向にある姶良市の白浜海岸へ向かった。少し風が強まり波もあったが、20分程度で着いた。そこはブリの養殖いかだがあり、餌を撒く船が生簀に向かって盛んに餌を放出していた。

目の前は鹿児島市から国道10号線を20分程北上したところで、目の前250m程先には国道と平行して日豊線が走っている。H船長はそのいかだに繋ぐ許可を貰っていて、許可用の旗を掲げていれば注意されることはないとの事であった。

ところが、投入して驚いた。海岸から200m程度しかないのに深さは120mなのである。到底僕の手巻きリールでは釣りにならない。この深さでは電動リールが必要である。一瞬躊躇したが、折角来たので、釣らないわけにはいかない。落とし込んだが、暫くして釣れたのは中型のサバであった。結局全員狙ったアジは釣れず、小型~中型のサバが3~4匹であった。体力にはいささか自信の僕だったが、さすがにこの深さでの巻き上げは辛く、4回投入で3匹釣れただけであった。

釣り始めて1時間程度で、H船長が「もうそろそろ、帰ろうか」と、いささか疲労の色を見せて云ったので納竿となった。聞いてみれば、昨夜は2時間程度しか寝ていないのだそうだ。3時頃には加治木港に帰ってきた。

今回は釣れた数は確認しなかったが、多分、小型のアジを除けばサバが16~17匹程度であったとの家人の言である。僅かづつではあったが4軒にお裾分けが出来たし、酒の肴に家人が作ったシメサバは、脂の乗った美味なものであったので満足であった。爽やかな天気にも恵まれ、海を眺め、船のスピードも楽しみながら心の洗濯が出来た、久しぶりの船釣りであった。誘ってくれたHさんに感謝したい。

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2011年9月15日 (木)

生まれて初めて、アユ釣ったぞ!

2,3日前のことである。何時ものHさん(H船長)から「今年最後のアユ釣りに行かないか」と誘われた。アユ釣りは一昨年、彼に誘われ行ったことがある。確かこのブログで、そのアユ釣りについて詳しく書いた記憶がある。その時がアユ釣りの初体験であった。それ以来行っていないから2年振りになるが、聞いていたことに違わず、非常に難しい釣りで当然一匹も釣れなかった。

であるから、今回も釣れる筈は無いと思いながらも、彼のひと言で行くことに決めた。「とにかくあんたに1匹で良いから、釣らせてあげたいんだ」。優しい性格のHさんであるから、その言に間違いがあるはずは無い。即座に「行きましょう」と返事した。

僕は釣り一般、決して嫌いではなくむしろ好きであるが、アユ釣りだけは難しいと巷間言われているので、興味が湧かなかった。従ってアユ釣り道具や、釣りに必要な着衣等、ウェーダー(防水の胴衣)以外、何も持っていない。竿から一切、彼から借りることになる。ウエーダーは渓流釣りをやってみようと思い、購入したものであった。

午前7時前彼と二人、霧島市の天降川(あもりがわ)を釣り場に決め、友釣りに必要な囮アユを5匹Hさんが買って、日当山温泉郷に沿って流れる天降川の上流に急いだ。最近開通した日当山トンネルを抜け、一昨年釣りをした思い出の場所に着いた。

天降川上流の釣り場

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そこは駐車場もあり、何と”足湯”迄が設備されていた。道行く人たちが利用するのであろう。さすが有名な温泉地だけのことがある。管理人と思しき人が、その足湯の配管の栓を開けて、温を満たしているのが川の中から見えた。

足湯

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斉藤茂吉の歌碑も近くに。

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Hさんのいでたちは、すっかりアユ釣り師である。細身の下半身のウエットスーツに釣り用ベスト、帽子は渓流釣り用の編み笠、腰には取り込み用のタモ網を差して、実に、カッコ良いのである。見掛けだけからも年季の入り具合が判るというものだ。

急流を引き上げてくるHさん

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8時前であったが、釣り始めることにした。Hさんは自分の仕掛けは後回しで、僕の仕掛けを作り始めた。僕に説明しながら作ってゆくが、理屈からは特に難しいことは無い。ぼらの子(エビナ)を使ってイカを釣る仕掛けと似ている。

難しいのは囮のアユを取り付ける方法である。馴れるとさほど時間が掛からないのであろうが、初心者の僕には難しく思われた。早くしないとアユが弱ってしまうから、すばやい動作が求められる。Hさんは”ハナカン”とか呼ぶ、アユの鼻に固定する輪を取り付ける動作は素早かった。

かなりの急流で、深さは僕の腰以上もあるが、夏であるし決して水は浸入しないから、心地よい冷たさである。彼の指示で川幅の3分の1まで進み、教えられたようにアユを泳がせ、下流から上流に竿を動かした。ゴロタ石と急流で流されそうなところもあり、ヨロヨロと進む姿は、上から見ていると滑稽であったろう。

僕が竿を振った場所

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教えられた通り単純な動作を繰り返すが、全く反応しない。時折鹿児島空港から飛び立った飛行機が、高さ200m~300mの真上を通過する。実に穏やかな時間が過ぎてゆく。僕は心中「まず、今日もダメだろうが、叶うことなら彼の願いに応えたい」と思っていた。

4,50分後であろうか、なんだか抵抗を感じたので声を上げた。「Hさん、掛かったかもしれない」。彼も見入っていたが、上げて見たら何と、吊り上げるアユに掛かるべき針が、囮アユそれ自身に掛かって、背を丸くして泳いでいたのである。

気落ちしながらも続けること数分、今回も同じような抵抗感に、教えられたとおり、竿をゆっくり引き寄せた。どうも重たいし、2匹掛かっているように見える。胸の動悸を覚えた。が、声は大きく出さず「Hさん、今度は間違い無さそうだ」と彼を見た。数メーター先の彼が、上がってくる獲物を確認したと同時に、途方も無い声を上げた。「ワー、良かった」と叫んだものだから、足湯に浸かっている人や、僕等のつりを見ている人達が驚いて眺めたのを僕は見てしまった。興奮はしたがその程度の、落ち着きは持ち合わせていたようだ。

それでも、Hさんは全く知らなかったらしい。それほど僕が釣ったことに有頂天になり、喜んでくれたのである。後ろに挟んでいたタモ網を出して、アユを取り込もうとするが、馴れていないので上手く取り込めない。僕も焦るし、彼も焦っている。結局、彼がタモを持ち何とか取り込んだ。上で見ていた人たちも可笑しかったに違いない。

僕が釣り上げたアユ

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感激であった。初めてアユを釣ったのだ。釣ったアユを今度は囮アユとして使うことになる。その作業もHさんがしてくれ、僕は竿を振るだけの、いわゆる殿様釣りを続けたのである。不思議なもので一投目の竿を入れてほんの数秒後に、今回は明らかに当たりを感じてゆっくり手元に引き寄せた。何と結構大きな20数センチのアユが、腹に3本の針を刺されうごめいていた。

Hさんはかなり遠くで釣っていたので、今回は一人で取り込まねばならない。流れる水に足をとられながらも、何とかタモ網に取り込んだ。今回は幾らか冷静な動作が出来たようだ。

遠くで釣っていたHさんがジェスチュアする。どうも「止めようか」の意味らしい。聞いてみると2回掛かったが、強い動作で糸を切り、囮アユごと逃がしたらしい。僕の手伝いに時間をとられ、釣りに集中出来なかったのも原因かもしれない。それでも僕が釣ったことで目的を果たし、彼も安心したようである。

今年のアユつりはこれ最後にしたいと彼は言う。再開は来年6月まで待たねばならないが、何とかやれそうだとの自信めいた感触を得たので、待つ楽しみが増えた心地よい気持ちになった。「アユは全て君が持って帰れ」とHさんが言うので、固辞したが「そのために来たんだ」との言葉に、有り難く頂くことにした。

初心者らしいはしゃいだ姿を見せてしまったので、足湯の客が未だいるのではと、照れくさい気持ちで階段を登り岸に上がったが、既に足湯の客も見物者もいなかった。その後Hさんと二人、もう少し上流にある鄙びた温泉に浸かった後、大満足で帰宅したのは言うまでも無い。

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2011年7月10日 (日)

今年初めてのキス釣り

カテゴリーを”趣味”にするほど、凝っているわけではないが、一時は夢中になったものだ。多分、家人がキスのから揚げを食べたくて、H夫人へ話したのかもしれない。多分、そうであろう。何時もはキスみたいな小物は釣らないHさんから「キス釣りに行かないか」と誘われた。当然二つ返事である。

「あんた、朝が弱いからな、6時にしようか」。集合時間である。朝が弱いからと言って、冬ほど起きるのは辛くないから、9日(土曜日)朝5時40分には彼の家に着いた。

大型釣具店でキス針11号と12号、餌のごかいを、釣り時間4時間程度分買い、加治木港から近くの釣り場へ向かった。出港時は最干潮に近く、満潮は昼頃である。海水は3,4日前の豪雨で濁り、若干緑色を含んだ茶色に近い。港から1.5キロ程度の、水深2~3mのところにアンカーを降ろした。

陸地までは500m程度の、浅いところである。近くに2艘の船がいて、1艘は遊漁船らしく4,5名の釣り人が見えた。キス釣りなど実に簡単であるから、ものの2,3分で釣り始めることが出来る。だが、僕は何時もの如く船首でアンカーの揚げ降ろしの役目がある。それでもアジ、サバ釣りの深い水深ではないから、殆ど苦にならない。

それにしても大型の釣具店のサービスは素晴らしい。えさ付けが容易にできるように,袋に入れた白色の綺麗な砂と、更にお絞り用の濡れティッシュを2個付けてくれた。

午前中曇りで午後から晴れる予報であったが、、どうも朝から日差しが強いように感じていた。H船長は既に一投目を入れていた。僕はデジカメでブログ用の動画を撮る為に、遠くに見える桜島や海などを撮影した後、投げ入れた。

直ぐHさんに反応があったらしく、「来た」と言って1年キスを釣り上げた。そこ30分程度であったろう、二人共数匹を釣り上げた。「この調子だと結構釣れるかも」と思ったら、突然全く反応しなくなった。所謂”潮止まり”なのであろう。

朝飯を食ってないから、コンビニで買ったおにぎりを食べることに決め、ノンアルコールビールと一緒に飲み込んだ。天気は曇りと聞いていたので水の用意は、500mlのペットとそのノンアルコールビールだけしかしていなかった。日差しが強くなった。汗かきの僕は何をしなくても、汗がダラダラ額から落ちる。当然、背中から腕はびっしょり濡れている。

ここで初めて、最近良く聞く”熱中症”のことが頭をよぎった。「水分を取れ」といわれるが、陸上と違って海上では買う事もできない。用意した分が全てである。辛抱しながら飲み始めたが、一気に飲んでしまいたい欲求に駆られる。このときほど水の大事さを感じたことはなかった。

2,3回場所を変わったが、この頃から上げ潮に変わっていくものの余り釣れない。手漕ぎボートで来ていた釣り人が、手で指した。「そこへ行きなさい」との意味だと解釈して、その地点でアンカーを降ろした。場所が良かったのか、潮時が良かったのか、確かに幾らか反応があり数匹釣れた。

僕はこの地に2回転勤している。1回目の昭和47年頃、退社後1時間程度、同僚と一緒にキス釣りを良くした。その頃は沢山釣れていた。3本針に3匹掛かって来るのは珍しいことではなかった。何故釣れなくなったのであろうか?キスのみならず、他の魚もそうであるらしい。

餌はまだかなり残っていたが、とにかく暑く、喉が乾いても満足に水を補給できない。釣りに集中できなくなった。原因は水を適量持ってこなかったからだ。夏の釣りには2リットルは必要だと思った次第である。

多分二人共20匹前後釣れていると思ったので、それとなく彼に問いかけたら、「うん、止めようか」で、納竿となったのである。午前11時半過ぎ帰港し、船を掃除した後にした最初の行為は、自販機で飲料水を求め一気に喉の渇きを癒したことであった。

帰宅して数を数えたら1年キスが17匹、外道で釣れた、当地で”アメイオ”と呼ばれる魚を加えても20匹であった。なんとも寂しい釣果であったが、暑くはあったものの、久しぶりに”若さを保つ為の潮風”とも思える風に当たり、海の臭いを嗅いだ5時間であった。

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2011年4月 4日 (月)

久しぶりのアジ釣り

タイミング的にグッドであった。神戸市の孫が先月26日、その前から娘の家に手伝いに行っていた家人と共にやってきた。何処に連れて行こうかと色々案を練っていたが、結局一番楽しく遊んだのは娘の友人の子供で同学年のS君であった。

Mさん夫婦が所用で鹿児島市へ来るという。その日は孫を神戸市へ帰す日で、時間的にもぴったりであった。孫を鹿児島空港へつれて行き、昨年夏と同様にサービスの一つである”キッズらくのり”を利用して、無事母親の元に届けた。出発から到着までキャビンアテンダントが世話をしてくれ、伊丹空港で待つ母親へ引き渡してくれる心強いサービスである。

孫を見送った2時間後にMさん夫婦が到着、同じ友人のHさん夫婦と共に9時頃まで食事を共にした。翌日の釣りのため10時頃には僕もMさんも床に就いた。折角鹿児島に来るのであればと、翌日の船釣りをHさんにお願いしていたのである。

万端整えて朝6時50分頃には集合場所の加治木港に着いた。船長のHさんが珍しく僕らより遅く到着した。まず100%、僕らゲストより遅く到着することはないのに不思議であった。理由は翌日判るのである。

満潮時刻は既に過ぎていて、天気は曇りであったが午後の降水確率は50%と高かった。潮は大潮で、波は1mから午後1.5mの予報であった。H船長によると、いつも行く燃島付近は不漁らしく、今回は鹿児島市の磯海岸と桜島との中間地点にアンカーを落とした。

モヤとも霞ともつかぬつかぬどんよりした空気に覆われ、遠くの船影もはっきり見えない。到着時に6~7艘であった船も日曜日であることから、時間帯によって21艘に増えた。船の多さに期待も膨らんだが、仕掛けを投入してもなかなか当たりが来ない。何時もの如くHさんは電動リールで、Mさんも電動リールを使っている。僕は相変わらず手巻きのリールを使う。餌はボイルした大型オキアミである。

「電動は僕のリールより2倍以上早いから、2倍の釣果があって当たり前だから」などバカを言い合いながら、何度か試みるが3人とも当たりなしである。

中々調子が出ずに仕掛けを作り直すMさん

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船尾で釣りに集中するHさん

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と、3人ほぼ同時に当たりがあり、3人がアジ中型を釣り上げた。いよいよかと期待したが、その後2時間にサバ中型1匹、アジ大型2匹しか釣れなかった。不漁である。錘は80号をつけているので、深さ60メーターから巻き上げる手巻きリールは腕が疲れる。こうなると電動は楽である。それでも釣れて上がってくる時の感触を楽しむのは手巻きリールであるから、僕は手巻きを使い続けている。

僕とMさんは殆ど当たりなしで、時間が過ぎてゆくが、僕の下手のHさんにはポツポツ当たりがあり、差が広がってゆく。「Hさん、僕の撒き餌がそちらへ流れて行き、魚がそこへ寄っているんで、腕の差じゃないですからね」と厭味が口をつく。事実、潮の流れが早く、僕の撒き餌は自分の仕掛けに利用されず、下手方向に流されていくはずだから、あながち理屈に会わない言い訳でもなかろう。

1.5キロ先には鹿児島市内が霞む

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下戸のHさんにはコークをMさんにはビールを渡し一息入れ、場所を変えるように提案した。薄着はしなかったが心地よい程度の気温である。3人とも意識して口にはしなかったが、東日本大震災の被災者を思うと、少しく後ろめたい気持ちで釣りをしていたのは事実である。昨夜も、この錦江湾に津波が襲来したらどうなるだろう等、今回の東日本大震災について話題にしていたのだから。

三度目の場所変えで、型は小さいが20センチ程度の小型アジが掛かり始めた。1時頃が最干潮であり、この頃は2時を過ぎようとしていた。僕は何時ものとおりラジオを持ってきていたので、選抜高校野球の決勝戦、九州国際大付属と東海大相模の放送を聞きながら釣りを続けた。僕と同じく船首で釣っていたMさんと野球の話をしながら、納豆巻きを食べながら、時にはデジカメで景色を撮影しながら釣りを続けた。

僅かな噴煙を上げる静かな桜島

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釣り船の近くを通過した遊覧船・・・お客が手を振ってくれた

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釣れ始めてしばらくしたら、Hさんが竿を納め始めた。それも無言である、いつもなら「止めようか」と声を掛けるはずなのにと、不思議に思った。僕はそれを見て、Mさんに「ここらで止めようか」と声を掛けた。ようやく釣れ始めたので残念そうな顔つきのMさんであったが、それでも仕舞い仕度を始め、九州国際大付属の負けが決まって暫く経ったころ、加治木港へ向かった。相変わらず気候は曇りで、海はベタ凪ぎであった。降水確率も波の高さも予報が外れた。

港で釣果を調べた。さすが経験豊富な船長である。こんな釣れない日でも五目釣り宜しく、ウマズラハギ、はぜ、イトヨリも釣り上げていて大・中・小のアジにサバなど20匹以上の釣果であった。僕はサバ1匹に大・中・小のアジ合計14匹であった。Mさんも僕と殆ど同じ程度の釣果であったが、Hさんから”土産に”と多くの魚を貰い、熊本へ帰って行った。

僕の釣果・・・不漁であった

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翌日H夫人から電話があった。「主人は風邪気味で今日は朝から寝ているので、ジムへは行けません」。詳しく聞いてみると2,3日前から寝汗をかき、体調が良くなかったらしい。それでも熊本から来るMさんの為に無理して船を出したのかもしれない。約束の時間より早く港に来なかった理由も、無言で帰り支度を始めたのも、体調が良くなかったせいであることが判った。よほどきつかったに違いない。夕方に本人から電話があり「体調は良くなった」との由、安堵した。

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2011年2月26日 (土)

県民大学講座を受講した。

本日のブログはあまり面白く無い、そして退屈な内容であるが、特筆する題材も無いので仕方なく、硬すぎる勉強の話とした。

一昨年から考古学講座「南九州の縄文に学ぶ」を、霧島市の上野原縄文の森にある多目的ホールで受講してきた。本年度最後の受講日に「かごしま県民交流センターにおいて、かごしま県民大学連携講座として本年最後の講座があるので、希望者は受講されたら」との勧めがあったので、事前申し込みを行い鹿児島市内まで出掛けて、1時間40分程度の短い講座であったが受講した。

一昨年まで考古学には全く興味を持っていなかったのであるが、パークゴルフの帰りみち、一度は訪ねたいと思っていた霧島市国分にある上野原縄文の森へ行き、付属の埋蔵文化財センターで、発掘した土器の復元作業を行っている現場を見て少し心が動き、そこにあったチラシを読んだうえで、受講を申し込んだのが考古学への取り付きである。

受講のたびに興味が増してきて、何度か講座の回数を増やて欲しい旨頼んだが、講師の先生が見つからないことと、予算の関係でそれが難しいことを告げられた。

断片的な知識は得られても、系統だてて基礎から教えてくれる講座では無いことから、当然付け焼刃的学問の域を出ない事や、しかも年間5回~6回程度の少ない講座数なのでもどかしさも感じていた。本心としては、みっちり時間を掛けて勉強したいと切実に思う。

この年になって、生涯の中で初めて自ら進んで勉強したいと思う気持ちが強くなったのは皮肉な事である。僕は歴史が好きで、鹿児島市の”史談会”という歴史愛好家の勉強会を受講していたが、講師である発表者が自分の得意分野の講義、すなわち発表を行う方式に違和感を覚え、中途で止めてしまった。それでも受講者殆どが年配の方々であったが、その熱心な受講態度や発表内容には敬服したものである。

考古学は文字もなく記録も残されていない時代の、出土品を鑑定しての、言わば想像の域を出ない学問にも思えるが、その時代に生きた人たちの日常生活を想像を逞しくしながら、先生の話を聞いているその時間が、なんとも快感に思えるから不思議である。ロマンと言うべきだろうか。今が高校生だったら、迷わずこの学問を学ぶ学校を選んだかもしれない。

受講状況

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本日のテーマは「鹿児島の遺跡に学ぶ」講座の中の、「9,500年前のムラに生きた人びと」で、講師の先生は南九州考古学研究所長の新東博士であった。高校の数学の先生になるつもりが、考古学の専門家になった人である。

講師の新東先生

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さすがに第一人者の講義とあって、あっという間に時間が来てしまった。約50名の受講者は、年配者が多く女性も多く受講していた。僕は身を乗り出すようにして聞いていたので、眠気を感じることもなく”知ることは楽しみなり”を実感した充実した時間であった。

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2011年2月19日 (土)

1.6キロのイカを釣ったぞー。

昼前にHさんから突然の電話。ブログにたびたび登場のH船長である。「夕方からイカ釣りに行かないか?」。幸い予定もなかったので「行きましょう」。躊躇せず応答したこの返事が幸運をもたらした。

先日Hさんから「近々、友人のMTさんと3人で近くにイカ狙いに予定しているからそのつもりで」と誘いを受けていたのであるが、この約束の後、彼は別の友人から誘われ、鹿児島県長島へイカ釣りに出掛け、6匹の大漁で気を良くしていたのである。僕もお裾分けして貰い、美味しくいただいた。謙遜しているようであったが、褒められて満更でも無いような顔つきであった。

実直な人柄のHさんであるから、決して”柳の下”を狙ったわけでなく、僕等との約束を早く果たそうと考えたに違いない。何時もの通り、彼は一人で餌に使う”えびな”と呼ぶボラの子を河口で投げ網を使い、十分餌を確保してから誘いの電話をくれた。僕は彼が取ってきた餌でイカを狙うわけで、内心申し訳なく思っているが、実にありがたいことだと甘えている。

MTさんも何度かHさんの船で釣りに行くから、旧知の間柄である。午後4時半ごろ3人で、加治木港近くの明石海岸と呼ぶ、国道10号線から逸れて、細い路地道を海岸に向かい、鬱蒼と茂った森の前に建つ民家の空き地に駐車した。

暖かい日であったが、夜は当然冷えるので防寒着は必要である。既に2台の車が駐車していたが、Hさんが言う「彼らは多分、イカ狙いでは無いから暗くなったら引き上げる筈」の勘を信じ、そこから山道を500mも歩き、釣り場である岩場にたどり着いた。国道の裏側に当たるのだが、大きな山を隔てているので鳥の鳴き声と、飼ってあるヤギの声以外聞こえない。

山道を行くHさんとMTさん。

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先着の3人が釣っていた。Hさんの勘通り、3人はコロ鯛やメジナを狙っていた。儀礼どおり挨拶をして、彼らとは違う位置に場所を取り、早速仕掛けを作り始めた。天候は曇りで、目の前の桜島はかすみ、錦江湾の波は穏やかであった。

先着の3人・・・・狙いはメジナかコロ鯛らしかった。

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正直、イカ釣り初心者である僕は、釣れると思って行くことなど殆ど無い。たまたまの僥倖目当ての釣行である。従って何時もの通りのリクレーション気分である。食い物にビール、携帯ラジオ等のチェックは忘れない。何時ものとおり、上級者である彼らの釣りは”泳がせ釣り”で、僕はウキ釣りである。彼らが使う”ヤエン”と呼ぶ、餌に食いついたイカを逃がさぬように、糸を伝えて滑り込ませる針状の道具の操作が難しいことで、今日もウキ釣りにした。

合間にエギングも試したいと思い、竿とエギ数種類を持ってきたので、置き竿した横で、何回か竿を振ってみたが全く反応がなく、直ぐ止めてしまった。

本番は暗くなってからだから、時間にゆとりもあるし先着3人の釣りを眺めていた。小さな魚が釣れている様子が見える。彼らが引き上げたら、僕は彼らの釣っていた場所に移動することをHさんから勧められていたので、彼らの引き上げを待っていた。薄暗くなって3人は引き上げた。直ちに2人と別れ、安定した広い場所に移った。

6時半から7時頃だったろうか、かなりの灰が降ってきた。降ってくるという形容が可笑しくないほどに、眼鏡にも掛かるし口の中にも感じる。桜島を見ると暗さとかすみで、灰のようにも見える。が、天候と風向きから推定すると、桜島からの灰では無いと僕は思った。

7時のニュースで知った。新燃岳が爆発的噴火をしたそうで、3,000m迄噴煙を噴き上げたようである。風向きから、爆発以来初めて姶良市方面へ流れた模様である。これは帰宅して家人の車を見たら、桜島からの灰ではなく新燃岳からの灰であることが、灰が付着した部位から判断できた。予想はされていたが、風向き次第で、新燃岳の噴煙が姶良市方面へもたなびいて来る事が判明したのである。僕が住む地区も桜島と新燃岳とに挟まれ、灰に悩まされることになりそうだ。

所で、MTさんは2本の竿に同時に当たりがあり、1匹は仕留めたの声が掛かった。潮は7時頃を境に引き始め、空には大きな明るい月が登り始めた。時たま森のなかから、奇妙な鳥の鳴き声がする。一人だと気持ち悪くこんなところでは釣りは出来ないだろう。

と、浮きの上に付けた”ケミホタル”が水中に消えた。結構辛抱して待って竿をシャクッタ筈であるが、掛かってこなかった。餌を見るとボラの子の下半分が食い千切られて無残であった。もう少し待つべきであった。

潮はドンドン引き始め、僕は引きに従って現われてくる岩場を、前に向かって進んだ。移動ウキにしているウキ下を、少し短くして2m以下にした。

またしてもウキが水中に消えた。先ほどの失敗があるから、今回はじっくり構えた。ほぼ黄緑色の光が見えなくなったので、巻き取り始めた。重い!一瞬「根掛かりか」と思ったが、再び動き始めた。ここで初めて胸の動悸を感じた。「釣れた!」と叫ぼうと思ったが、止めた。いかにも”初心者の初心者”だと思われそうだったので。初心者には違いないのであるが。

それにしても結構重い。何とか岩の近くまで引き上げた。見ると長い足一本に針が引っかかっているだけで、このままでは揚げることは不可能と判断して、そこで初めてHさんを呼んだ。歩き難い真っ暗な岩場を彼は、ギャフを片手に駆けつけた。僕は勿論こんな大物は初めてだから、驚き興奮した。が、Hさんも僕の為に(?)興奮して見せたようだ。「ひょっとすると僕に先を越され、顔が引きつっていたのでは」と後で冗談半分に言ったら、MTさんも「引きつってたぞ」と大笑いであった。でも、僕が釣り上げたことで、安心して心から喜んでくれたと思う。彼の眼鏡に黒い墨を掛けられて、大きな声ではしゃいでいた彼の優しさが嬉しかった。早速、証拠となるアオリイカの写真を撮った。

揚ったアオリイカ

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こうなると欲が出てくる。「H先輩の為にもう一匹釣りますから」など無駄口を言う余裕も出て、実は真剣に狙い始めたのであるが、そんなに甘くはなかった。9時半まで粘ったが全く反応はなかった。

結局、先週あれだけの釣果を挙げたHさんには当たりが来ずに、MTさんに1匹、合計2匹の釣果であった。心ウキウキで饒舌になった僕に、二人は辟易しながらも、初心者の僕を称えてくれたのである。帰宅して計ったら約1.6キロ、体長は72センチであった。ベテランの釣り師からすると、この程度の大きさで喜ぶ僕は可笑しいかも知れないが、初めての大物を釣り上げた僕は、上機嫌であった。

自宅で計測後、再度撮影

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2010年11月22日 (月)

ルアー釣りをやってみようと・・・・・。

年間何度釣りに行くか数えたことは無いが、船釣りやイカ釣りを合計すると多分15~16回程度になろうか。船釣りは船主のHさんが誘ってくれる時だけに限定され、自分から催促することは無いし、イカ釣りも殆ど彼から誘われての釣行である。

船釣りでは殆どの場合アジとサバが主で、若い頃から色々な釣りをしてきたのが幸いして、他人に比べ釣果に大きく差を付けられない程度の力は持っていると思っている。ところが、経験と少しの勘の鋭さが求められる”アユ釣り”と”イカ釣り”は2年ほど前まで全くの経験も無いし、ましてや自分が勘が良いなど贔屓目に見ても考えられない。

従って、誘われて行くにしても最初から「何と難しい釣りなのだ」「俺に釣れるはずが無い」等、ネガティブな気持ちになっているのだから、釣れるはずが無いのだ。過去にイカを何匹か釣り上げたが、それもたまたまの僥倖なのだ。

話は変わるが、最近と言っても僕が知ったのが最近であって、意外と昔から流行していたのかもしれないが、”ルアー釣り”がブームである。特に釣具店におけるエギの種類の多さには驚かされる。

またまた話は変わるが、無計画で刹那的暮らしをしてきたツケが廻ってきて、好きな旅行をするために、車も軽自動車に変えざるを得なくなった経済状態にある最近、追い詰められた気持ちになって考えたのが、今後の趣味についてである。

映像に対する興味と読書は多分、死ぬまで続くであろう。そのために余裕があれば興味ある映画や記録映画のDVDを買い集めたし、もう一度読み返しても読みつくせないほどの書籍は持っている。これらは室内で出来る趣味だし、屋外で出来る趣味を一つ作っておかねばならない。

ゴルフは平均月2回のプレーを1回に減らしたが、その代わり自治会で行うグラウンドゴルフは週2回は参加するので、毎日のジム通いでのランニングや水泳とを併せれば、体力保持には十分な運動量である。

Hさんの船には何時まで乗せてもらえるか解らない。こうなると遠方に独り出かけて、一人で簡単に出来る趣味を作っておかないと、室内に閉じこもってしまう結果になる。こうなると自分の人生は終わったも同然だと考えた時、思いついたのが、竿一本車に積んでいれば直ぐにでも出来るルアー釣りであった。春先に会った青年は、ロッドを自転車に積んで気が向いた場所でルアーを楽しんでいると言っていた。

早速、参考書を買って読み始めたが、読んでいくうちにその難しい技術の習得をどうするかが問題になってきた。本を読んでも技術が習得できるはずは無い。誰かに教わらなければ基本が解からない。ネットでその同好会を探したが、僕が住む地域にはそれらしきものは無かった。釣具の大型店に行って、講習会を行ってくれと頼んでみたら、快い同意の返事はあったものの、載せると言ったチラシは未だに新聞に折り込まれていない。

それでも参考書を読んだあと釣具屋へ行き、ロッドやルアーを買った。特にイカ釣りに使うエギは数個買ったが、高価でもなく安物でもない価格帯のそれを幾つか選んだのである。高価なものを1つか2つでは心許ないから。色の違いによる釣果の差など知らないので、レッドやオレンジなど似たような色を選んだ。ルアーについては、イカ以外の魚を狙うメタルジグやソフトベイトも買ったが、参考書は読んだものの、知識を持たないまま買ったので、果たして使い物になるのか僕にも判らない。ただ、数だけは揃えた。

春以来、初めてのイカ釣りにHさんから誘われた。「僕はエギでルアー釣りしますから」と伝え、何時ものウキ釣り道具と一緒に、2度目の使用となるルアーとロッドを積み込んだ。当日の主目的は、本格的にエギを利用してのイカ狙いである。何時もの国道10号線沿いにある大崎鼻へ着いたが、海側から若者が竿を持って歩いてきた。聞いてみるとルアーで小型のミズイカを1杯上げたらしい。期待が膨らみやる気が出てきた。

4時半頃からHさんは何時もの泳がせ釣りを始めた。彼は10年くらいの経験を持つベテランであるから、所作は慣れから来る落ち着きが見て取れる。僕はロッドにエギを付けた、実にシンプルな仕掛けで海に投げ入れた。

問題はここからである。一応参考書で読んだシャクリを始めたが、果たしてエギは海面からどの程度の深さに沈んでいるのか予想も出来ない。当然全くアタリらしきものは感じない。Hさんにもアタリがなさそうだから、イカがいないのであろうと思うと焦りも無い。何度もシャクリを繰り返し、揚げては入れを繰り返すうちに、少し面倒にもなってきた。

その時、慌てた様子も喜んだ顔も見せず、Hさんがイカを1匹釣り上げた。墨を吐いたので多分コウイカだろうか。僕だったら「釣れたぞ」と声を上げるところ、Hさんは当たり前とも言わんばかりの落ち着いた態度が憎い。心の中で「俺は釣れんから、もう1匹釣って貰わんと分け前が頂けない」と思ったが口には出せないし、やはり負けん気は持っているから、それを契機に僕もウキ釣りに切り替えることにした。

ウキ釣りに切り替えようと用具を出した時、一人の若者がルアー釣りに来た。「空いてる所で釣らせて下さい」と言いながら、手早くエギングを開始した。僕は10メーターほど離れた場所から、彼に注目した。遠くから見ていると、そのロッドの振り方がいかにも上手そうに見える。振り方をチラチラ盗み見した。近くにいれば、辞を低くして教えを請うたのであるが、少し遠すぎた。直ぐ真似をしたが、様になっていないのは僕自身にも判る。

暫くすると彼は引き揚げて行った。ベテランらしき彼も釣り上げることが出来なかったのであるから、同様に釣れていない僕は安堵した。

ウキ釣りをしていた僕に幸運な時間が来た。グンとウキが沈み、胸が高鳴った。慌てずに待ち、3回程度沈んだ時点で強力に引きを入れた。途端にリールが空回りし、糸が切れたのである。声でHさんがこちらを向いて「どうしたんだ」と問うた。

少しずつ流されていく、先端に発光する”ケミホタル”を付けたウキを指差した。相変わらずウキは浮き沈みしながら流されていた。滅多にないチャンスを逃がした僕は落胆した。Hさんから貰わ無くても自力で仕留めたと思ったのに。

もうやる気を失くし、「帰りましょう」と言ったら「いや、あんたの分を釣る」と本気である。もうどうにでもなれと思ったが、誠実なHさんは本気で釣る気なのだ。

”一念天に通ず”、彼の竿が大きく振れて、慎重に彼はヤエンをイカめがけて投げ入れた。釣れたのである。僕はとうとう実力で釣る事も出来ず、今回も又彼から恵んでもらった。実に情けない間の悪い時間であったが、彼はホッとしていた。

エギングに徹すると考えていたものの、途中からエサをつけたウキ釣りに変えるなど徹底しなかったので、結局アブハチ取らずになったのかもしれない。それにしても餌も付けず疑似餌でイカを釣ろうなど、横着な釣りなのだろうか。

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2010年9月22日 (水)

今年初めての太刀魚釣りと、リールの故障・・・・・。

何時ものHさんから太刀魚釣りに誘われた。同行者は、何度か一緒にアジ釣りをしたことがあるMTさんである。

少し前、Hさんとの釣りについての話で、僕は彼に「太刀魚は秋が本番だから、未だ早いですよ」といっぱしの釣り人気取りで話したが、実は釣りの月刊誌から盗んだ情報である。専門の記者が言うからには、ほぼ間違いないと思っての発言だったが、心中まず釣れないであろうと確信に似た気持ちであった。

午後3時半、何時もの加治木港から、湖みたいに凪いだ錦江湾を桜島北側の燃島へ向かった。こんな凪いだ錦江湾を見たことがない。Hさんの計画は、暗くなるまでアジを釣り、その後本命の太刀魚を狙うというものであった。

Hさんは当日、船に太刀魚釣りのために大型ライトをキャビンの屋根に取り付けていた。彼は釣りのためなら、時間も労力も厭わず懸命に作業する人である。作業に報いる釣果があれば良いのになーと、そのライトを見て思ったことである。

広い海に漁船の姿は遠くに3艘のみで、その数から本日の不漁を予想した。釣れる情報があれば、多くの船が集まるはずである。このように今回は釣る前から、気分的に釣ろう、釣りたいという前向きの気持ちが失せていた。

桜島と静かな錦江湾

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午後6時頃の桜島・・・・沈む夕日を受けて美しかった。

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投錨して暫くしたら、15センチから20センチのアジ子が数匹釣れた。仕掛けは、錘80号、13号のサビキ、プラスチックの撒き餌篭、クッションをつけたPEラインである。

先ずはアジを狙う・・・MTさん

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実は本日使うリールは7月にオークションで買った商品で、まさか使用初日で壊れるなんて夢想だにしなかった。故意に不良品を出品したとは思いたくないが、1~2時間の使用で壊れたのは、そのように考えても可笑しくない。

7~8投目で、液晶のカウンターがゼロになったまま変化しない。と同時にカラカラと異音を発生し始めた。急いで巻き上げたが、巻き上げは出来る。念のために、もう一投してみたら80号の錘でも糸が降りて行かない。確実に、どの部分かが故障しているのだ。

見てくれは決して悪くなく、大事に取り扱っていたように見える。だが、糸が送り込めなければ釣りにはならない。余りに小型のアジであったので、場所を変えることにした。そこでは、手で強制的に糸を送り込み、中型から大型のアジを2匹ゲットした。他の2名も1~2匹上げたが、その後ぱったり当たりが無くなった。

薄暗くなったがあたりには一艘も船影が無い。釣っているのは僕らだけである。案の定、太刀魚を狙って夜釣りする船はいないのである。が、折角来たのだからと、Hさんは魚探を見ながら、魚影を探す。彼の心には、何とか僕らに釣らせたいという気持ちがあって、真剣な表情が見て取れる。

魚探を見ながら魚影を探すH船長

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僕はリールも故障したし、他の2人よりも早く、他の仕掛けを使って太刀魚釣りに切り替えたかったので、諦めも早く太刀魚の仕掛けに取り掛かった。と言っても、年に一度か二度の太刀魚釣りなので、仕掛けは竿とリール、テンビン以外はHさんから頂いた。

彼が自作した仕掛け針に、5~6センチのキビナゴを一匹、細いワイヤーでぐるぐる巻きにして、その上に20センチ程度のワイヤーハリス、その上に20センチ程度の5号ハリスをテンビンに結んだもので、錘は80号である。

僕の太刀魚仕掛け

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幸い何時もの通り、竿とリールは予備を持参しているので、早めに仕掛けを作り投げ込んだ。深さは約60メーターで、底につけて徐々に巻き上げていく。ここでは一昨年、バカ釣りした記憶があり、確かに時期的に多く釣れることは承知している。でもその時は、周囲に何艘もの釣り船がいた。

ライトを点ける為の発電機の音が静かな海に響く。桜島や、遠く姶良市の明かりや、霧島市福山の明かりが綺麗である。空港が近いので、時たま航空機が降りてゆく、そのライトも見える。幻想的とも思える静かな海に、ペチャペチャと波が船体を打つ。3人とも全く当たりなし。たまに竿を上げてみるが、多分小魚が突いたと思える、キビナゴの傷を見るだけである。

真剣な表情のHさん・・・・竿はしなっているが太刀魚は・・・・・?

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僕とMTさんは、夕食をとることにした。船釣りで釣果ゼロは殆ど経験していないが、どうも本日の本命はゼロになりそうだと覚悟した。

当たりが無く、弁当を開くMTさん

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それでも、夕日が沈むときの桜島の景色は素晴らしかったし、元気で釣りが出来る幸せを感じた。2,3日前に中学、高校時代のクラスメートが亡くなっていたので、特に感傷的になっていたのかもしれない。

「そろそろ止めようか」とのHさんの声に、正直救われた気持ちになり、納竿したのである。壊れたリールに、「不良品を掴まされた」との疑心も残ったが、中古品であれば仕方ないとの諦観もあり、心中複雑であったが、もう忘れようと思った。

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2010年8月13日 (金)

久しぶりにキス釣りを。

前回は自己嫌悪に陥るくらい,暗い文を書いてしまった。気分直しに何かないかと思っていたら、スポーツジムでHさんから声を掛けられた。「キス釣りに行かないか?」。アジとかサバとか太刀魚とか大型魚を狙っている彼が、珍しくキスを釣りたいなど、しかも自分から言い出すなんて不思議に思っていたら、彼の友人が最近2年ギスを大漁したらしい。僕は最初それが理由だと思っていた。

台風4号は鹿児島県本土には殆ど影響が無かった。錦江湾も少し白波が立つ程度であったから、「今日あたりは凪いでいるだろうから、早速行こう」と言う事になり、二人して今朝加治木港から船を出したのである。

船を出すHさん・・・後方が桜島

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僕は最近ルアー釣りに関心があり、ルアー竿や幾種類かのルアーを揃えた。その時ソフトベイトと呼ばれる合成樹脂で出来た、キス釣り用のエサであるゴカイやアオイソメにそっくりなものを買っていたので、それを使うつもりでいた。

それでも、「魚がそれを本物のエサと認識し、騙されるであろうか」という心配はあり、キスに最適と店員が薦めた生エサも買った。

満潮は9時頃で潮は大潮、ひょっとすると釣れるかもと期待して、7時半頃出港した。と言っても釣り場は、港から5~6分の距離にある別府川の河口である。港では夏休みでもあるし、お盆も重なり親子連れの釣り人達が竿を出していた。

加治木港

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数分後には河口に着いた。2艘の釣り船と二人乗りのボートが1艘、キスを狙っていた。Hさんは殆ど小物釣りはやらないので、物足りなさげにしていたがキスと言えどもそんなに簡単に釣れては呉れない。

別府川河口・・・・水深は2~3メーター

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別府川河口・・・・正確ではないが幅300メーターはありそうだ

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3メーター程度の深さに投錨して竿を出した。僕は7号の針が3本付いたキス仕掛けに25号の錘、エサはソフトベイトを付けて投げ込んだ。ソフトベイトの袋には「生エサより釣れる。400倍の匂い拡散による抜群の集魚力」と書かれていたので、期待して当たりを待ったのであるが。

何と、直ぐに当たりがあり小さな、所謂1年キスが1匹上がってきた。「こりゃー行ける」と内心ほくそ笑んだが、2匹目は中々釣れない。Hさんも苦心している様子である。思い直して2本の針に生エサを、1本にソフトベイトを付けて投げ込んだ。やがて当たりがあり、釣れたのは生エサの方であった。何度か試したがやはり釣れたのは生エサの方であり、ソフトベイトには全く反応しなかった。

「看板に偽りあり」と思い、躊躇せず全てを生エサに代えた。その時Hさんの知り合いが操船する船が近づき、場所を変えろと言うので、彼の船の近くに投錨した。

「先週は200匹くらい釣ったけど、今日は揚らない」と言う。概して釣り人には話が大きい人が多い。30センチが50センチ、1キロが2キロに化けることは良くあることで、オーバーだと判っても、目くじら立てる必要も無い。話は大きいほうが面白いし、罪も無い話ではないか。でも、話半分でも100匹くらいは釣れたのであろうから、何とかして50匹程度は狙いたいと思った。

薦めてくれた場所では、確かに数匹は釣れた。僕は何時ものスタイルで、ラジオで高校野球を聞きながら、ビールを飲む。釣り船も何艘か集まってきた。波も殆ど無く、桜島は3分の1位は雲に隠れているが噴煙は上がっていない。Hさんとバカを言い合い釣りを続ける。ささやかな幸せを感じる。

雲に隠れた桜島・・・船の南側に位置する。

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飽きっぽい性格であるが、この程度の時間では未だ集中できる。3本の針が1本切れて2本になったが、そのまま釣り続けた。2匹が一度に釣れても3匹釣れるまで待ち切れずに竿を上げるし、3匹一緒に釣れるほど魚がいないからである。

結局4度場所を変え、3時間で1年キス8匹、2年キス19匹、こちらで”アメイオ”と呼ばれるウミタナゴに似た魚を2匹、計29匹であった。多分Hさんもその程度は釣ったであろう。

本日の釣果・・・・クーラーが小さいので多く釣れたようであるが

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話は変わるが、明日僕等夫婦は孫を迎えに熊本へ行く。娘は神戸から孫を連れて墓参のために熊本迄来て、それを終えたら神戸へとんぼ返りである。孫は1週間僕らと鹿児島で過ごす予定である。親とするなら1日でも良いから、娘も鹿児島へ泊まらせたいが、婿の仕事の都合でそれが叶わないのである。新幹線が全線開通してない現在、1日で鹿児島と神戸往復は時間が掛かり過ぎるので、僕らが熊本へ出掛け孫を受け取るのである。

Hさんはてっきり、僕の娘が鹿児島へ帰ってくると思い込んでいたらしい。そして今日のキス釣りも、自分が釣ったキスも娘と孫に食べさせてあげたいとの思いであったとの由。何とも有り難い話であり、友情に感謝した釣りであった。

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