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<title>亭主の好きな赤烏帽子</title>
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<title>久しぶりの船釣り</title>
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<description>カテゴリーを釣りにするほど、熱中しているわけでもないが、決して嫌いではないし、昔...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;カテゴリーを釣りにするほど、熱中しているわけでもないが、決して嫌いではないし、昔は瀬渡しなどで磯釣りを楽しんだものだ。加齢とともに遠出が少なくなり、回数も徐々に減っていった。最近はHさんから声が掛かる以外、出かけることもなくなった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;昨年１１月ごろからマラソン出場予定のため、足の故障が怖く、岩場で行う冬場のイカ釣りも断ってきたし、久しく船での釣りもやっていなかったが、Hさんと共通の友人であるMさんが、「船釣りをしよう」とのHさんの招待で熊本から姶良市へやってきた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;１７日はほぼ晴れそうだし、全員の都合が一致したので挙行することになったのである。ジムで一緒のHZさんも一緒に行くことになった。彼とは今回２度目の釣行であるが、かなりのベテランであることは気付いていたものの、当日これほどまでに釣果に差が付くとは考えても見なかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;午前６時港集合だったので、５時には起床して、準備万端整え加治木港へ急いだ。朝方は曇っていて、少し肌寒かったので薄いウインドブレーカーを着用した。&lt;br /&gt;彼らは既に乗船していて、H船長は出港の準備に余念がなかった。僕も半年振りの釣りだから何となく気合が入って、「是非今日は彼らより多く釣り上げる」と本心で考えていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「先ず腹ごしらえ」と、サンドイッチを頬張り、内心やる気満々であった。走ること３０分余、釣り場は鹿児島市の磯海水浴場と桜島の中間地点であるが、既に１０艘近くの釣り船が集まっていた。波立っていた海面も１時間後位には静まり、釣りには最適な条件になったようだ。Hさんは熊本から来たMさんへ何とか釣らせてあげたいと、魚探で探し回るが、なかなか魚影を見付けだせない。クルクル漁船の周りを廻ること１０分余、ようやく投錨した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;僕は船釣り用の電動リールを持っていない。いくら深くても手回しのリールで、魚の引きと、上げる時の魚の重みを感じたい。そして憎まれ口を叩く。「電動は３倍以上のスピードだが、僕は手釣りでも釣果に殆ど差が無いから」と。その言葉が効けたのか、Hさんが「電動を貸すから是非使ってくれ」と言う。さすがに１００mを超すと確かに辛いし、スピードが無いから釣果に差が付く。そあいて僕は何時も市販の仕掛けを使う。料金的には高くつくが、手作りするほど時間もないから何袋か買い溜めしている。さすがベテランのHさんとか、HZサン達は自分で手作りするのである。Ｈさんが僕とMさんのために、手作りの仕掛けを呉れた。ハリスは６号に針は１３号、針にサビキ用の飾りを結び、まるで市販の高級釣り針である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;折角だから借りることにしたが、予備に手回しリールを付けたソリッド竿を持ってきた。HさんとHZさんはそれぞれ２本の電動リール、僕とMさんは１本が電動、１本は手回しを使う。僕は何時でも竿を二本出すことは無い。人ほど集中できない性質だから、１本で十分なのだ。近くに２本出すと、いわゆる”おまつり”で、処理が大変で、気持ちも焦る。でも、折角の親切を断るわけに行かず、使い慣れない電動の使い方を教わり、結局最初は２本の竿を出したのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;投入５分後、手回しリール竿に誰よりも早く強いあたりが来て、慌てて上げたが、逃げられた。その後にHZさんが声をあげ、中型のサバを釣り上げた。次に再度僕の電動リール竿にあたりがあり、外道の３０センチ程度の中型アラカブが上がってきた。幸先良さを感じて、ここで粘ろうと４人共思ったであろう。ところがその後HZさんに２匹サバが上がった以外、３人には全く当たりが無い。この頃までは３匹を釣ったＨＺさんに、特別の意識を持っていなかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;中型のアラカブ（かさご）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/19/imgp4464.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4464&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4464&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/19/imgp4464.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;釣り位置は船首に僕とHZさん、船尾にH船長とMさん。僕は何時ものとおりデジカメで動画や静止画を撮り、ラジオを聞きながらその時までは焦りなど全く感じていなかった。Ｈさんが「移動しよう」と言う。それから魚影の濃い地点を見つけること３０分余、正直僕はイラついてきたが、「何とか釣らせたい」とのHさんの気持ちを察して我慢した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;暫く何の反応も無い。ところがＨＺさんが大声を上げた。「来た」「こっちも来たぞ」と同時に２本の竿にあたりがあったのだ。この時電動リールの威力を思い知らされた。もしこれが手巻きだと、片方は暫く放って置くか、誰かに巻上げを頼まなければならない。彼は他の１本のリールの巻き上げスイッチを入れ、最初の１本の取り込みをやっているのである。この時点で彼は５匹、僕はアラカブが１匹、他の二人はゼロである。ただ、この時まであまり焦りはなかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;だが、以後のことについてはこれが現実かと思うほど、確実に差が付き始めるのである。嬉しさを押さえきれないほどの初心者ではない、ベテランのHZさんが、「又来た、こっちも来たぞ」と僕の横で叫ぶ回数が増えてきた。決して厭味でで言っている訳ではないのだが、真横にいる僕は声と共に、サバの大きさを見るのだから、焦らないわけはない。大きさは３０cm～３５cm程度はあるだろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;HZさんのクーラーを覗いた（１２時頃）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/19/imgp4474.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4474&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4474&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/19/imgp4474.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;４人が８本の竿を出し、錘は１００号程度を使っているが、流れが早いのか何度か絡み合い、とうとう僕の糸がスクリューに巻き付いた時、電動リールの使用をやめて手巻き１本に絞った。既に絡んだ仕掛けが解けず、３個を捨てていた。&lt;br /&gt;錘を１２０号に換えたのもこの頃である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;HZさんが多分１０匹程度上げた時僕はようやく１匹か２匹であったろう。その後もHZさんはどんどん釣り上げる。僕はもう諦めでビールを飲み始め、彼にも勧めた。余裕の彼はそれでも飲みながらも竿から目を放さない。思い切って切り出した「HZさん、あなたの好調が理解できない、場所を変わってくれませんか」普通の人は言えなかっただろうが、僕は自分が釣りたいのではなく、何故彼だけ釣れるのか、真実その理由を知りたかったのだ。「併せてお願いです。あなたの仕掛けを貸してください」。やはり厚かましいか？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;とうとう、彼の仕掛けを貰い、場所も変わってもらったのだ。Hさんが船尾から「これで釣れなかったら、あんたは恥搔くぞ」と冷やかすが、不思議な現実の謎解きをしたかった。ところがである。位置を変わったHZさんの声が又響いたのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「来たぞ！」。何と言う皮肉。今まで僕が釣っていた場所である。もう僕は返す言葉もなく、「飯を食うぞ」と言いながら、大好物の納豆巻きとおこわのおにぎりを喰い始めた。相変わらず船尾の二人から声がかからない。彼らもお手上げで諦めたのかもしれない。だが、その後HZさんが相変わらず釣り上げている時、僕に2匹目と３匹目が掛かった。幾らか面目を施したが、彼に釣り上げた数を聞く気にもならなかったし、聞いても彼も覚えていないだろうと思った。大人しく釣っていたMさんと、妙に元気のないH船長にも２匹づつ掛かったことを確認した。&lt;br /&gt;何時もは大漁のHさん、腕に覚えのあるMさん、今日はツキがなかったですね。ま、こんな日もあるでしょう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;食いが止まる時間がある。言うところの”潮止まり”現象であろう。HZさんの”あたり”がなくなった頃を潮時に、２度目の場所変えをするため姶良町の白浜地区へ向かった。岸から１００mも離れていないのに、約１００mの深さである。この深さだと手動のリールでは辛い。それでも折角だから投入した。何の反応もない。H船長に小型のサバが掛かったころ、急に風が強くなった。ここへ来て３０分も経っていなかったろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ここが引き上げ時だと感じたH船長、「良し、引き上げだ」との一声で、加治木港へ帰ってきた。間違いなく強風で海が荒れてきた。数えはしなかったが、多分HZさんは２４～５匹、僕らは一人３～４匹で、この開きは一体何だったんだろう？&lt;br /&gt;多分仕掛けが全てではなく、海中でのコマセの流れと釣り針の位置を計算した上で、深さを決定する細やかな計算が彼にあったのではと推測した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;HZさんは気分が悪いはずはない。僕等３人に釣ったサバを分けてくれた。何時になく彼が大きく見えたのは、偏に釣り上げた数があまりにも多かった訳で、肥満体の体や分け前を呉れたことは関係ないことである！&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ラジオの音がうるさいけど、動画をどうぞ。臨場感を出すため音楽は入れていない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;&quot;&gt;&lt;iframe width=&quot;420&quot; height=&quot;315&quot; src=&quot;http://www.youtube.com/embed/K5cjcR53I9I&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt; &lt;/iframe&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>趣味</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
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<item rdf:about="http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-1103.html">
<title>中学校のクラス会で昔を懐古する。</title>
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<description>大学の同期会と中学校のクラス会は２年ごとに行っていて、その年度は一緒に廻って来る...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;大学の同期会と中学校のクラス会は２年ごとに行っていて、その年度は一緒に廻って来る。去る４月に大学の会を実施したのであるが、５月１３日は中学校の会に参加するため、早朝姶良市から熊本市へ向かった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;幹事がしっかり者なのか、既に２月の下旬には案内書が届いた。当然優先行事がなければ出席するから、その条件付で出席の返信をした。何回目かのクラス会か覚えていないが、多分２０回は超えているだろう。熊本市でも１～２のマンモス校だったから１クラス５５～５８名で、１学年８００人余、全校で２，０００人以上の生徒数だったと思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;僕らのクラスは名簿を調べたら５８名で、亡くなったり住居不明の人も多いが、クラス会には毎回平均２５名程度は出席する。これも担任の先生が毎回参加されるのでこれだけの出席率であるが、病気入院等でそれが叶わなくなるとグッと減る可能性もある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;骨の癌で歩行が困難になり、３～４回前から車椅子での参加になり、傍から見ると大変だろうと思うが、少しもそんなことに頓着して居られないように見える。若い頃は熱血漢の&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;怖い先生であった。最初の教え子になる僕らは、子供心に色白で端整な先生が神経質に写り、入室されるとピンとした空気が張り詰めた。数学の教諭であり独特の理論で教えてくれたため、嫌いだった数学が幾らか好きになったのは先生のお陰だと今でも思っている。ただ、高校で教える分野には踏み出す事はなく、僕は高校に入学するまで幾何をキカと読めなかった。何と読んだか、恥ずかしくて到底ここで公表できないし、あの学問を何故”幾何”と命名したのかいまだに理解できない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;父の転勤で田舎の小学校から、県都である熊本市の中学校に入学した僕は、先ず生徒数の多さに驚いた。校舎は元兵舎が使われていて、昼食時には校内放送で”口笛吹きと子犬”のメロディーが流れ、小学校と違う雰囲気に驚きながらも、都会で生活できる喜びを感じていた。全校集会を”アセンブリー”と呼んでいた。それを初めて知ったときは「都会の中学は違うなー」と妙に感心したことを覚えている。当時は未だ”進駐軍”が駐留していて、運動会を見に来ていた彼らに、恐る恐る「ホワット　ユア　ネーム」など、その頃学んだ英語で話しかけ、彼が答えてくれたことも強い印象として残っている。入学したその年、6月２６日の大水害で机を並べていた、松村　某君が亡くなったことも記憶から消えない。昼食は何時も決まって小さなパンを一個食べていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;こんなこともあった。郡部の川の流れる田舎町で育った為、水泳では市内の中学生には負けないという自信を持っていた。学校に初めてプールが出来た１年生の時、プール開きの競泳に出る生徒を先生が募った。僕はいの一番に手を挙げ候補になった。中学生だから多分２５mの自由形だったと思うが、結果はビリに近かったのだ。子供心にも恥ずかしかったと思うが、あまり覚えていない。が、担任の女性の先生から皆の前で褒められたのである。内容ははっきり覚えていないが、「自分から手を挙げて出た勇気が立派である」様なことを言われたのだろう。”井の中の蛙”を思い知った衝撃的な出来事に、世の中の広さを知った最初の出来事だったかもしれない。以上、断片的に思い出したことを羅列した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;昭和２８年ごろだから多分”塾”などもなかったと思うし、その言葉さえ聞いた記憶もないから、実にのんびりしていて、加え自由闊達な雰囲気の校風で学んでいた僕らも、やがて厳しい受験勉強を経て高校・大学を卒業し社会人になっていった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;僕らの中学時代、男女が親しく口を利く土壌は殆ど形成されていなかったし、学校の行き帰りに男女が話しながら歩くなど、絶対と言ってよいほどありえなかった。それゆえか思春期のこの頃、何とか異性の関心を惹きたくて、好きな女の子の前で目立つ言動をした事が、今でもかすかな羞恥心と共にほのぼの思い出される。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;当たり前のことながら、あれから６０年、若かった女性達も残らず老いて、近くで顔を見つめるのが気の毒なくらいである。当然それは男性にも当てはまるが、本意はこんなことを述べることではない。連れ合いを亡くした人も何名かいるが、それでもこの会に元気で出席できる僕らは、物心両面である程度のゆとりを持っている人達であり、幸せな環境にあるであろう。国民が等しく貧しかったこの時代、現在のように格差社会に育っていない分、生徒間の結びつきも純粋であり強かった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「去るものは日々にもって疎し」の例えどおり、僕自身も中・高を通し仲の良かった友人とその後長年交友関係が途絶えていたが、ここ何回かのこのクラス会で、親交を深めつつある彼の出席は、次回での再会を心待ちする心の糧にもなっている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;午後４時に始まった会は７時にはお開きになった。関東、関西、中国地方などの遠路参加組は当然宿泊することになるが、幹事役の友人達も行動を共にしてくれた。郊外に最近開業したと思われる、大型温泉浴場を付属したこのホテルは何故か内部にバーなどの設備がなく、近くのカラオケバーに二次会の席を移した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;乾杯の発声をするA君。芸大出身の芸術家である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/16/imgp4444.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4444&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4444&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/16/imgp4444.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２～３年生の担任Y先生&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/16/imgp4447_2.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4447_2&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4447_2&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/16/imgp4447_2.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先生を囲み少しかしこまった表情&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/16/imgp4450.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4450&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4450&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/16/imgp4450.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カラオケでも、歌よりお話・・・未だ話し続ける彼ら&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/16/imgp4455.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4455&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4455&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/16/imgp4455.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;いまだに話し尽きない連中は話に夢中であるが、歌うことが嫌いでない僕は顰蹙を覚悟で歌い続けた。その後ホテルへ帰ったが、さらに一部屋に１０名以上が集合し、良くぞ種が尽きないものだと思うくらい話題沸騰、最後はあまりの騒がしさに、他の部屋からの苦情を受けたホテルからの申し出で散会となった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;生活した時代背景とその時の年齢や環境・場所が全く違うので、１ヶ月前の大学同期会とは話の内容が違うのは当然であり、１２歳程度の子供時代はある面純粋であるから話し方もストレートであり、過ぎた昔が長い分童心に帰れて、言葉を選ぶ必要もなく時を忘れたのであろう。今回までは特に期待して待ったつもりではないが、年を取ったからであろうか次回の２年後が心待ちされる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-05-16T10:26:50+09:00</dc:date>
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<title>平均寿命と平均余命</title>
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<description>パソコンの前に１９６３年～１９６６年までの朝日新聞の”天声人語”集（文庫本）があ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;パソコンの前に１９６３年～１９６６年までの朝日新聞の”天声人語”集（文庫本）がある。時たま時間があれば拾い読みする。昭和４０年（１９６５年）７月２６日付けは次のように述べている。昭和４０年は僕が社会人になって２年目で、２４歳であった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「人生５０年は昔の話。いまは人生７０年が相場だ。数日前発表された厚生省の３９年簡易生命表では、平均寿命は男６７．６７歳、女７２．８７歳。平均して７０．２７歳となっている。男の方が５．２歳も早く死ぬとは不公平だと、亭主族の声があるが、この理由は、寿命研究の渡辺　定博士の著「あなたの寿命革命」によると、まず、種族保存のたまに自然の摂理が女子に有利に出来ている。&lt;br /&gt;種族保存の方向だけから見ると、雄は生殖の目的を果たせば用のない存在になる。カマキリなどは生殖を果たすと雄は雌に喰われてしまう。生物界にはこれに類することが多く、宇宙最高の芸術品たる人間も、やはり生物である以上、この制約は免れぬ」。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ここまで読んで、確と覚えていない最近の平均寿命をネットで調べ、平成２２年（２０１０年）の平均寿命を知った。&lt;br /&gt;それによると&lt;strong&gt;男の平均寿命は７９．６４歳、女は８６．３９歳。&lt;/strong&gt;４６年間で男子は約１２歳、女子は約１３歳も伸びた結果になり、心疾患、脳血管疾患や癌、肺炎などの予防・治療が平均寿命の伸長に付与し、日本人の平均ｊ寿命は、&lt;strong&gt;男性は世界４位、女性は２５年連続１位&lt;/strong&gt;となっているそうである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;男性は香港（８０．０歳）、スイス（７９．８歳）、イスラエル（７９．７歳）に次いで４位であり、女性は&lt;strong&gt;２６年連続&lt;/strong&gt;で日本が世界１位で、以下香港（８５．９歳）、フランス（８４．８歳）、スペイン（８４．６歳）と続く。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;さらに次のデータもどんな計算で算出したのか知らないが、６５歳まで生存する割合は、男性が８６．９％、女性が９３．６％。&lt;strong&gt;75歳まで生存する人の割合は、男性が７&lt;/strong&gt;&lt;strong&gt;２．１％&lt;/strong&gt;、&lt;strong&gt;女性が&lt;/strong&gt;&lt;strong&gt;８６．５％&lt;/strong&gt;だそうである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ここで、平均寿命と平均余命について、知ったことを記しておく。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&lt;br /&gt;平均寿命とは、生まれたばかりの赤ちゃん（０歳児）が特に何もなければ、ここまで生きるであろうと予測された年月のことである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;平均余命とは、ある年齢の人々がその後平均して何年生きられるかを示した数字を指す。言い換えれば&lt;strong&gt;零歳児の平均余命を平均寿命と呼んでいる。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;年齢が上がれば、平均余命も変わる。２０１０年の簡易生命表によれば、例えば７０歳男子の&lt;strong&gt;平均余命&lt;/strong&gt;は１５．０８歳、７０歳女性は１９．５３歳である。&lt;br /&gt;一方２０１０年の&lt;strong&gt;平均寿命&lt;/strong&gt;は男性で７９．６４歳、女性で８６．３９歳である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;この場合、例えば&lt;strong&gt;７０歳男性は&lt;/strong&gt;７９．６４－７０＝９．６４年生きる（７９．６４歳まで）であろうと考えるのは間違いで、計算上７０＋１５．０８＝&lt;strong&gt;８５．０８歳まで生きられる&lt;/strong&gt;ことになる。勿論、あくまでも”平均”すればという&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;前提での話である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;もう少し余談を続ければ、江戸時代の平均寿命は３０歳台、大正時代の終わり頃は男性４２歳、女性４３歳で、戦後間もない昭和２２年の統計では、男性５０歳、女性５４歳となっている。この頃の男女差は４歳程度であるが、その後ずっと差が付き続け、２０１０年では６．７歳も差がついてずっと女性上位である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;前述の天声人語の続きである。「法則に加え男子は人間世界の生存競争の闘志として働かねばならぬので、苦労が多く寿命も短い。それでもカマキリのように雌に食われてしまわないだけ、まだ人間の方は幸せであろうと渡辺博士の見解である。・・・・中略・・・・戦争の恐ろしさを冷厳に示しているのは、昭和２０年の簡易生命表ででは平均寿命が男２３．９歳、女３７．５歳だ。当時「人生わずか５０年、今は半額２５年」という言葉が若い人の間に言い交わされたものだが、まさしく人生は”片道”で”半額”だった。戦争は若い命を奪う。生活水準は下がり、衛生状態は悪くなり、用事の死亡率も増え、平均寿命は著しく低くなる。・・・中略・・・・&lt;strong&gt;平和と長寿は一体の物である。&lt;/strong&gt;カマキリニ喰われる心配は無いが、&lt;strong&gt;カクヘイキ&lt;/strong&gt;は怖い。この怪物はオスも雌も一瞬に食いつくし、それ以後の平均寿命をゼロにしてしまう」。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;悲惨な戦争を体験し、原子爆弾の世界唯一の被爆国である日本人ジャーナリストとして心からの叫びであろう。かなり堅い話になったが許しを乞う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-05-12T09:45:36+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-db8a.html">
<title>”ノカイドウ”観察は遅すぎた。</title>
<link>http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-db8a.html</link>
<description>去る３日ごろのことかも知れない。「えびの高原へ”ノカイドウ”を見に行かないか」と...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;去る３日ごろのことかも知れない。「えびの高原へ”ノカイドウ”を見に行かないか」と家人から誘われた。ノカイドウなど初めて聞く言葉なので躊躇っていると、「今TVで見た。えびの高原にしか咲かない花らしいから是非」と言う。「ついでに池巡りもしましょうよ」と言うので、久しぶりにハイキング気分で行くことにした。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;黄金週間が過ぎた月曜日、８時過ぎ家を出て１時間半後、えびの高原(鹿児島県霧島市、宮崎県えびの市・小林市にまたがる）&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;へ到着した。多分この連休は大いに賑わったに違いないこのルートも、殆ど行き交う車もいなかった。新燃岳爆発以前は、多くの登山者で賑わい僕も何度か登った”大浪の池”の登山口も、爆発以降は閉鎖されたままで寂しさを感じた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;実を言うと誘った家人も”ノカイドウ”なる花を観たことも無いらしい。韓国岳登山者や池巡りをする人達の多くが乗ってきた車を置く、えびの高原の中心地（ホテルやレストラン、駐車場、土産品店がある）に駐車した。ここは過去に数回散策した所なので、良く知っている場所である。既に道路脇に５台駐車していた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;殆ど全員が”ノカイドウ”を観察に来ている人たちであった。民放のカメラマンもいた。僕らは柵を開けキャンプ地へ入り込んだ。この中の水路沿いにノカイドウが自生しているという。数名の観察客に、咲いている場所を尋ねながら進んだ。その前に柵の入り口付近に建てられた案内板により、ノカイドウについての予備知識を得た。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;案内板&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/07/imgp4413.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4413&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4413&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/07/imgp4413.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;キャンプ地&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4419.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4419&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4419&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4419.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ノカイドウは世界中でえびの高原の渓流沿いにしか自生していないし、何故ここだけなのかも良く判っていない。大正１２年に国の天然記念物に指定されが、現在３００株あまりしかなく絶滅が危惧されている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;バラ科リンゴ属の樹高４m程度の落葉樹で、開花は５月上旬でつぼみは濃い紅色。桜より一回り小さ目の桃色がかった白い花が咲き、果実は４mm～６mmの小粒で秋に赤に真っ赤に熟す。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;このようなことが説明されていた。が、結論から言うと、来るのが４～５日から１週間遅かったらしい。何年も通っていると話す一人が、そのように教えてくれた。特に今年は花の着きが悪く、樹木の一部しか開花していないとの事である。確かに僕が撮った写真は、先端部の一部しか白い花をつけていなかった。せめてテレビ放映の後、翌日にでも来ていたら見られたのかもしれない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ノカイドウの白い花&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4416.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4416&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4416&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4416.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ノカイドウの樹木（全体像）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4417.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4417&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4417&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4417.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;やはりどの分野にもマニアはいるもので、彼らは一様に大型のカメラを持ち、いかにもカメラマンらしい仕草で写真を撮っていた。僕は小型の安っぽいデジカメなので、幾らか気が引けた。それでも草の中に”ヒメリンドウ”等を見つけ写真に収めた。当然その花の名前も、それを撮影した人に聞いて知ったのであるが・・・・。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ヒメリンドウ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4429.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4429&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4429&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4429.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;当日教わった一つに、韓国岳が二つの山にまたがっているということである。僕は一度だけ韓国岳に登ったことがあり、その登ったほう（向かって右側）を韓国岳であると信じていた。ところが写真で判るとおり、その左側にも続いて山があるのだ。今日まで、その左に見える山は別な名前が付いていると思っていたのだが、その人が教えてくれた。「確か炸裂か爆裂とかいう珍しい噴火で、山が裂けたようになったのです」と。真偽の程は知らないが、確かに裂けたような形になっている。この形状は１１年前に行ったイタリアナポリのベスビオ火山に良く似ていることを思い出した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;韓国岳（左右併せ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4442.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4442&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4442&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4442.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;結局、綺麗だといわれるつぼみの濃い紅色はとうとう見ることが出来ず、白い花だけを見たに過ぎなかった。何処にでもありそうな白い花で、正直言うと、特段それを綺麗だとは思わなかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;空全体が黄砂か霞に覆われたように霞んでいたし、韓国岳登山口付近は強風が吹いていた。軽装で来たことが悔やまれたが、池巡りの山中に入ると風も収まり、暫く歩くと汗が出始めた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;この”池巡り”と呼ばれるハイキングコースは不動池・六観音池・白紫池の３つの火口湖を巡る４・３キロを、約１時間半くらい掛けて気軽に歩けるコースで、連休明けと言うのに約３０名近くの人たちと出合った。出合ったとの表現は、駐車する場所により、右回り、左回りどちらでも出来るからである。ウグイスの鳴き声を聞きながら新緑の山中をゆっくり歩き、１周した頃は程良く疲れた身体に冷たい風が心地良かった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;”池廻り”途中の道&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4438.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4438&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4438&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/08/imgp4438.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;帰りも車は非常に少なかった。弁当をひろげ、天降川沿いにある”ラムネ温泉”と呼ぶ、興味深い名前で印象に残った、鄙びた熱い熱い温泉に浸かって帰宅したのは３時頃であった。時間も費用も掛けずに出来たレクレーションであった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>旅行・地域</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-05-08T20:43:52+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/b-05c9.html">
<title>桜島噴火撮影とBー７８７撮影</title>
<link>http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/b-05c9.html</link>
<description>何時でも撮れるからと一日延ばしにしていた、桜島の爆発的噴火を動画として撮影する為...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;何時でも撮れるからと一日延ばしにしていた、桜島の爆発的噴火を動画として撮影する為に、５月３日自宅から30キロ程度離れた大隅半島にある道の駅”たるみず”へ向かった。正確に測ったわけではないが、そこから桜島までは数キロ程度しか離れていない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;そこは桜島の昭和火口にかなり近く、何度か立ち寄った所であり、瞬間さえ捕らえれば良い動画が撮れるはずだと思って午後１時過ぎ家を出た。午後６時までには鹿児島空港へ着かねばならない用事もあるので、２時間の待機時間を想定して出発したのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;２日先の予報も的中できない程度の地元予報台であるが、当日もまるきり予報がはずれ晴れの天気になった。黄金週間なので確かに車の通行は多く、広大な敷地の道の駅は多くの車と人で賑わっていた。桜島に一番近い南側のベンチに座って、シャッターチャンスを待った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;何時噴火するとも知れない時間を過ごすのだから、読みかけの本を持参して少し読んでは桜島を見る作業を繰り返す。幸い噴煙は東方向へたなびいているので、東北東方向にあるこの道の駅には降灰が直接落ちないが、風に流された灰が時たま落ちてくる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;当日の桜島は頂上に雲が掛かり、噴煙と噴き上げた灰でスッキリしない。皮肉なもので小規模の噴火は数分おきくらいの頻度で繰り返すものの、期待している爆発的噴火は起きないのである。（近隣の住民の迷惑も考えない身勝手な書き方で申し訳ない）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;雲と噴煙で霞む桜島&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4383.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4383&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4383&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4383.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;実に多くの人々がこの好天の行楽を満喫していた。他県ナンバーの車も多かったし、キャンピングカーも何台か駐車していた。付属している足湯にも多くの人が、足を突っ込んで癒していた。目の前は錦江湾で”はまち”の養殖場もあったが、多分”赤潮”と思われる現象が起こっていて、海面が赤く染まっていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;足湯を楽しむ人々&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4382.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4382&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4382&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4382.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;結局２時間待ったが中規模の噴火を１回しただけで、期待した大規模噴火は起こらなかった。いずれYOU TUBE経由でこのブログに貼り付けるつもりである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;霧島市溝辺の鹿児島空港までは５０分程度あれば行けると踏んで、５時少し前に道の駅を出発した。普段なら５０分程度で行ける距離なのだが当日は違った。国道１０線と交差する地点の混雑を読み違えた為に、空港の駐車場に着いたのは５時５５分であった。広大な駐車場も満車で、何時もはいないガードマンが数人で整理しているのだから、車の多さが想像できるであろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;空港へ来た目的は、この５月１日から運行されたボーイング７８７を撮影する為である。知事を招いてセレモニーが行われたくらい、話題の機材投入であるから是非この目で確かめたかったし、画像として保存もしたかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;何度かブログで書いたように僕は、航空機に興味（決してマニアックではない）があり、航空機に関するDVD映画や記録映画は多く集めているし、空港周辺へ出掛け、何時間も離発着する航空機を眺めたりもする。航空機に関する本は多く読んだつもりであるし、蔵書を処分した際も航空機に関する本だけは手元に置いた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;前日運行するANAに電話して、７８７を使う便について確認していた。この５月１日から、羽田～鹿児島便に投入されることはニュースで知っていたが、何便に使われるのかは知らなかったからである。往復１０便のうち、たった１便のみであった。詳しく述べると、１８時０５分到着便が、折り返し１８時５５分に出発するのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;今後その機材を使う便は増えるらしいが、気になったのはこの時間に離発着する航空機を上手く撮影できるかどうかであった。幾ら日没が遅れる西方に位置する鹿児島でも、午後７時頃は薄暗くなる。ま、それはそれで何とかなると思い、空港へ向かったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;１～２分遅れたようだ！「航空機が遅れて到着してくれ」と願いながら、エスカレーターを走って登った。小走りに送迎デッキに着いた時、既にボーイング７８７機は誘導路から駐機場へ向かってきていた。辛うじてビデオに収めたが、ほんの何秒か位だったろう。世の中には好き者というか、好奇心の強い人間がいるものだ。到着ゲートは見難い一番端にあるうえ、ボーディングブリッジにも隠れるし、一番撮影し難い場所にも関わらず、多くの老若男女がそれを撮影する為カメラやビデオやケイタイで撮影していた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ボーディングブリッジに隠れて全体が見えないB－７８７&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4385.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4385&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4385&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4385.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;定時出発まで約１時間ある。この間２～３の航空機を撮影したり、離着陸機を眺めたりして７８７の離陸を待った。南国とはいえこの時間以降、少しずつ寒さを増してゆく。半袖着用の僕はさすがに寒さを感じたが、撮影用に作られたのか数箇所に作られたガラス版の前に立ち続けた。そこ以外は鉄線が張り巡らされているので、それらが画像に写り機体が上手く撮れないのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;LCCのピーチ航空機&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4388.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4388&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4388&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4388.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;送迎デッキの子供達が手を振り、それに応え手を振る機長と副操縦士（白い手袋）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4389.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4389&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4389&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4389.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;定時より５分遅れで、トーイングカー（牽引車）でプッシュバックされたBー７８７が誘導路へ全体像を見せた。薄暗くなったので、多分フラッシュを使っても遠く離れた機体の撮影に届くはずも無く、鮮明な映像は期待できなかったが、とにかく静止画を撮った。このあとビデオに切り替え、滑走路へ向かってタキシング（自力走行）する機体と、離陸して上昇続けるB－７８７を撮影して、目的を終えた僕は寒さに身震いしながらも、少し満足しながら駐車場へ向かった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;プッシュバック中のB－７８７&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4391.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4391&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4391&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4391.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;B－７８７の勇姿&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4394.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4394&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4394&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/05/imgp4394.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;桜島の静止画と、B－７８７の離発着の動画を貼り付けるが、時を見てもう一度挑戦するつもりである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&lt;a href=&quot;&quot;&gt;&lt;iframe width=&quot;420&quot; height=&quot;315&quot; src=&quot;http://www.youtube.com/embed/BLTzS7-I_Ps&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt; &lt;/iframe&gt;&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＊　参考&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;新世代機”ボーイング７８７”について（ANAのBー７８７についてのパンフより）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;１．キャビン幅はボーイング７６７と比較して約７５ｃｍ広くなった。実数値だけで　　　なく心理的に広く・快適に感じられる空間作りが為されている。&lt;br /&gt;２．客室照明はLED照明を採用して省エネ化を進めた。&lt;br /&gt;３．窓が約１・３倍の広さになり、窓側以外の席からも外の景色が見られる。&lt;br /&gt;４．ウオッシュレットが装備された。（一部機種に限る）&lt;br /&gt;５．吸気口を従来機の２ヶ所から４ヶ所へ増やし、クリーンで快適な空気環境を作った。&lt;br /&gt;６．静音仕様のエンジンで騒音を低減した。&lt;br /&gt;７．揺れを押さえる自動制御システムにより、乱気流などに遭遇しても、揺れを吸収するように自動補正される。&lt;br /&gt;８．軽量・高耐久のカーボン新素材を全重量の約５０％に使っているので、安定性も大きく向上している。&lt;br /&gt;９．カーボン新素材を使うことで、錆や腐食、金属疲労問題が改善され、整備回数とコストを大幅にダウン出来る。&lt;br /&gt;１０．新開発のエンジンにより燃料効率を約２０％も改善、炭酸ガスの排出量を約２０％,、窒素酸化物（ノックス）の排出量を約１５％削減&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;する等、地球に優しいエンジンになっている。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;

&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;シートマップについて&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;１．長距離国際線仕様機は、座席数１５８席&lt;br /&gt;２．国内線仕様機は、座席数３３５席&lt;br /&gt;３．暫定国内線仕様機は、座席数２６４席&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;その他&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;この機体の全部品のうち、約３５％、主翼や接合部などの重要な部品を日本企業が担当し、”準国産”とも呼べる最新鋭機である。主な企業は三菱重工、東レ、川崎重工、富士重工、ブリジストン、パナソニック、ジャムコなど。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>旅行・地域</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-05-05T13:50:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-471d.html">
<title>”鹿屋航空ショー”に替わり”串木野まぐろフェティバル”へ</title>
<link>http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-471d.html</link>
<description>皮肉なことであるが、長いこと楽しみにしていた”エアーメモリアルin鹿屋”と呼ばれ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;皮肉なことであるが、長いこと楽しみにしていた”エアーメモリアルin鹿屋”と呼ばれる鹿屋航空祭が、雨になりそうだと４，５日前の天気予報で知った。「まー、予報は殆ど当たらないから」と嘯いていたが、どうも今回は的中しそうだと慌てたのは前日であった。今回はいつものH船長夫妻と一緒に行く約束をしていたので、確実に雨になるとの予報を確認したあと、見学を止めることの電話を入れた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ネットで調べたり、案内所に電話したりして今回のショーには期待していた。昨年が東日本大震災による自粛で中止されたので、今年は是非見学したかったし、一昨年見学した宮崎県新田原の航空ショーの素晴らしさを経験しているので、規模は劣るといわれるものの，航空ショーの華やかな雰囲気に浸りたかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;電話での問い合わせに、”雨の場合は中止される行事がある”事を聞き、多分航空機の飛行は中止され、展示された航空機の見学に限られるはずだと想定した僕は、Hさんに今回は見学を中止したいと連絡したのである。ショーの醍醐味は訓練飛行やブルーインパルスのような曲芸飛行、落下傘降下等を眼前で見ることである。「ま、来年もあるから」と諦めた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;当日の予報で鹿屋地方が降雨確率が午前１００％、午後９０％を知った頃、僕が住む姶良地方は曇りに変わり、雨の確率も午後１０％と低いことも知った。Hさんに電話を入れた。「暇なら串木野のマグロフェスタへ行きませんか？」。「行く、行く！」。了解の返事に９時半頃、Ｈさん夫妻と４人、数年ぶりに国道３号線を北上し、１１時前に最近開店した串木野市の”海の駅”へ着いた。あまり聞いたことが無い”海の駅”と呼ぶ名称であるが、実にこじんまりした、海産物を中心に売っている建屋であった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;海の駅　照島&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4354.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4354&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4354&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4354.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;だが目指す”串木野まぐろフェスティバル”会場はそこではなく、１キロほど離れた魚市場のそばにあった。先ず、その人出の多さに目を見張った。多分１，５００人以上はいるであろう。今回で２１回続いていることも知ったが、来たのは初めてである。４月２９日と３０日二日間の開催で、聞いたところによると昨日は万を越す人が来場したらしい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;串木野まぐろフェスティバル会場&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4356.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4356&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4356&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4356.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;会場には本部、抽選会場、観光案内所、メインステージが設けられ、５０軒余の販売テントが並び、商品を即売していた。その他、まぐろ重量当てコーナー、冷凍まぐろの解体ショーと即売コーナー、まぐろ振る舞い寿司コーナー、まぐろ展示館や、まぐろラーメン・まぐろカレー・まぐろ丼を売る食堂など、多くがまぐろをアピールするコーナーであった。岸壁には海上保安庁の巡視船”とから”が横着けされ一般公開されていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;並ぶ売店のテント&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4359.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4359&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4359&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4359.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;入場したら、先ず目に付く所に”まぐろの重量当てコーナー”があり、２００キロ以上のカジキまぐろが展示され、重量当てクイズ用の用紙を貰い、僕らはそれぞれ想像したキロ数を書いて投票した。ヒントは２００～２５０キロの範囲にあるというもので、当たれば後日まぐろの切り身が贈られると言う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;重量当てクイズのカジキまぐろ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4361.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4361&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4361&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4361.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;巡視船に体験乗船する人達が並んでいたので、僕らも船内を見学することにした。多くの親が子供を連れ、子供達は操舵席に座り、親が記念の撮影をしていた。乗船希望者が多いため早足での見学になったが、密輸・密漁を取り締まったり、外国漁船の捕捉にあたったり、不審船活動に備えたり、遭難者の救助に携わる彼らの苦労を思った。特に最近問題になっている尖閣諸島や竹島などの周辺海域の監視・警戒についてHさんも質問していたが、彼らの任務は命懸けであり、過去の事件から察して決して楽な業務では無い事が理解できる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;巡視船”とから”&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4367.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4367&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4367&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4367.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;巡視船の名称は”とから”で、全長５６m、全幅８．５m、３３５トンの巡視船では中型で、時速約５６～５８キロ程度は出るとの説明であった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;”とから”の操舵室&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4370.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4370&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4370&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4370.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;まぐろのフェスタにはおよそ似つかわしくないショーが行われていた。”サスケショー”と呼ばれるもので、板が数メーターの高さに反っていて、そこを何も使わず駆け上り、上に作られた取っ手を掴んで登りきるものである。僕は初めて見るものであったが、Hさん夫妻はテレビで良く見ると言い、テレビで見る有名人がここに来ている事も教えてくれた。動画を暫くどうぞ！&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;&quot;&gt;&lt;iframe width=&quot;420&quot; height=&quot;315&quot; src=&quot;http://www.youtube.com/embed/5377-6xo5jQ&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt; &lt;/iframe&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;先着１，０００名にまぐろ握り寿司を振舞ったり、まぐろの解体ショーが行われたらしいが、僕らはその時間に間に合わず見ることが出来なかった。このほか、活魚のつかみ取りや郷土芸能が披露されたりして賑わったようだ。折角来たからと冷凍まぐろなどを買ったが、腹も減ってきた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;Hさんが”まぐろラーメン”を食いたいと言う。この会場の”食の広場”には前述のまぐろラーメンが売っているが、丁度昼ごろなので１００人近くが行列を作っている。市内でまぐろラーメンを食べさせる店を、H夫人がスタッフに聞いていた。高校野球で全国版になった”神村学園”前に美味しいラーメン屋があるらしい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;店に着いて驚いたことに、店の前に十数人が集まっている。順番を待っているのだ。僕らは４０分以上待って、ようやくラーメンにありついた。まぐろの切り身が３切れ入っていたが、スープの熱さで瞬く間に表面の色が変色して、赤みが消えて煮え切ってしまった。正直不味くは無かったが敢えて食べることも無かったと思った、まぐろ入りラーメンの初体験であった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;会場から姶良市への帰途、入来町を通った時Hさんが「この町に、君が代発祥の地と書かれた立て札のある神社がある」と言う。折角だからと神社へ連れて行ってもらった。大宮神社にある掲示板の写真を貼り付ける。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4374.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4374&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4374&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/05/01/imgp4374.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;空のショーが急遽海のフェスタに変わったが、夜のニュースで雨のためにメインの航空ショーが中止され、展示された航空機の操縦席見学や車輪格納のデモンストレーションなどが行われたことを知って、「行かなかったことを後悔するのでは」とわだかまっていた心の内が晴れて安堵したのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;前日はHさん夫妻と、鹿児島市吉田町の山中に”蕗（ふき）”採りに行った。爽やかな気候の下、小川のせせらぎを聞きながら、静かな山中でマムシに注意して、「多分自生しているんだよね」と自分に言い聞かせ、群生している蕗を採って来た。大型連休も特段予定もなく、二日間に亘るHさん夫妻とささやかなリクレーションであった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>旅行・地域</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-05-02T12:23:08+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-2dc6.html">
<title>給油後のキャップ締め忘れ・・・これで２度目</title>
<link>http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-2dc6.html</link>
<description>特段、考え事をしていたわけではない。何時ものとおり給油し終わり（僕は、セルフサー...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;特段、考え事をしていたわけではない。何時ものとおり給油し終わり（僕は、セルフサービスを利用している）、納品書を受け取った迄は良く記憶している。その後、国道に出るべく左右を確認していたとき、後ろから女性店員が走ってきて、後ろドアの窓ガラスを叩く。何事かと訝しい顔で振り向いたら、同時に走ってきた男性店員が手を挙げて給油キャップを閉めたようだ。”ようだ”との表現はその時初めて自分が給油キャップを閉めなかったことに気付いたからである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;半分照れくさくて、言葉の変わりに軽く手を挙げクラクションを鳴らして感謝の意を表した。「あーあ、又やってしまった」。冷や汗まで出なかったが、「先が思いやられる」と思った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;昨年買った車の給油口には、キャップが車体と紐（ロープ）で結ばれ、万一閉め忘れてもキャップの紛失は防げる。ところが１３年前買った車は紐が無いので給油の際は、給油タンクに付属の”キャップ置き場”にそれを置くことになっている。本職の従業員が給油するサービスだと、まずキャップの閉め忘れはないであろうが、最近セルフ給油が増えたことで、車メーカーが、「こんなことも起こるのでは」と紐の利用を考えついたと、僕は考えている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;今回は僕が給油するところを従業員が見ていたのであろう。たまたま見ていたのなら安堵するが、「あの人は閉め忘れるかもしれないぞ」と注視していたのなら悲しい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;前回はもっとひどかった。給油後キャップをしないまま、１．２キロの距離にある自宅に着いて気付いたのである。給油口のドアが開いたままだったから気付いたのであって、ドアが何らかの力で閉まっていたら、キャップをしないまま走り続けていたに違いない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;僕は給油時は超満タンにする習慣がある。あふれ出るまで給油するのだ。だからその時のことを考えると身が竦む。当然ガソリンが幾らか漏れた筈であるが、幸いに引火せず大事に至らなかった。恥ずかしかったので引き返してすぐさま、キャップ置き場を見たが無い！　恥を忍んで事務所で聞くと、幸い従業員が見つけて保管していた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;今回で２度目の失態である。今後も絶対無いとは断言できないから心しよう。給油キャップに紐が取り付けられたのは進歩であるが、何故この程度の知恵が昔は無かったのだろう。恥掻きに給油所まで戻る必要もないのだから。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-04-28T23:07:35+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-423e.html">
<title>AIJ投資顧問事件に思う</title>
<link>http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-423e.html</link>
<description>遊びの話ばかりを題材にしていると、年中遊び呆けてばかりで、「たまには遊び以外のこ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;遊びの話ばかりを題材にしていると、年中遊び呆けてばかりで、「たまには遊び以外のことも書いてみろよ」と言われそうに思って、タイトルに取り上げたのであるが、正直に言うとタケノコ堀りから帰って以来、週３日のグラウンドゴルフと毎日のジム通い以外に外出をしていないので、取り立てて題材にする話題がないのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;と、言うことで最近腹が立つ事件であるAIJ投資顧問について、腹の虫を納める暴言を吐きたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;AIJ投資顧問の淺川某とか言うふてぶてしい態度の社長が出席した、去る１３日の衆院と前々日の参院財政金融委員会での証人喚問は、その一部を両日ともテレビで見た。、「悪意がなく騙す意図がなかった」事を繰り返し答弁していた、あの落ち着き払った受け答えには恐ろしいほどの”度胸の良さと言うか開き直り”を感じる。逮捕起訴されていないから、犯人扱いは出来ないが、人を騙し続けるとあの程度の厚顔無恥は自然に身につくものだろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;あの東電社長の落ち着きのない恐れ入った態度での答弁とは、事の重大さが幾らか違うとは言え、若手や女性議員の質問に対し”赤子の手をひねる”ような答弁を繰り返し、まさに腹の中が煮えたぎる気持ちにさせられたのは僕だけではないであろう。この男、僕の聴き間違えでなかったら、国会という国権の最高機関に喚問されていながら”僕”を使っていた。常識的には”私”と言うべきであろう。小さなことであるがこの男の常識の無さと、ふてぶてしさを垣間見た。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;こうなると、自分の金ではないものの、会社の金をワンサカ使って博打遊びをした、あの大手製紙会社のバカ息子が可愛らしく見えてくるのは何故だろう。ひょっとすると、ずるい顔つきをしていないのと饒舌に言い訳をしなかったからではないのかな。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;でもこの淺川　という男は許せない。多くのサラリーマンを奈落の底に落とし込んだこの男に、当然のこと”詐欺”罪以上の刑で無期程度の罰を与えなければ、生ぬるい罰則を持った日本の刑法では、”正義”という言葉は存在しないではないか。いや、無期では収まらない。僕は何故日本に”終身刑”が存在しないのかと、常に疑問を持って生きてきた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;この男の年収は７，２００万円と報道され、その高額に大変驚いた。僕が貰う年金の３０年分以上である。個人資産について聞かれ１億２千万円余であると答えたが、年収の割りに資産が少ない事を指摘されると、「自分はお金を貯めるタイプではないので、遊興費や交際費に使った」などと、ぬけぬけと子供だましのように答えた。多分、多くの金が親族に流れるように手を打っているに違いないし、海外に資産を移したのではとも疑いたくなる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;この”そうとうなワル”を法で裁くのは法治国家である日本では当然であるが、どう見ても日本の刑法は甘すぎる。詐欺罪で訴追有罪になっても数年で出てくるに違いないし、この男この程度の事はとっくに計算済みであろう。確かに外国人が驚くほど日本人は公徳心、道徳心に優れ、日本民族の優秀さを内外に誇ってはいるが、それ故に罪についてはそれなりの罰を与えなければならない。個人的には「年甲斐も無く幼稚な」と思われるかもしれないが、こんな人間には、天誅を加え晒し首にでもしなければ気が納まらない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;あの悪びれた様子が全くなく、人を食った感じさえする委員会での彼の態度は、政府参考人として答弁に立った際の、各省の高級役人の落ち着きのない、へつらった感じさえ覚える態度と好対照である。役人の場合は置かれた立場と議員との関係から、その点理解は出来るが・・・。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;今だ解明されていない今回の事件について、上っ面だけを聞いて憤りのあまり過激な表現をしたが、全容を知るためには僕らもかなりの勉強をしなければならない。国会議員の素人然とした質問にも頼りなさを感じたが、淺川の方が役者が一枚上だと感じたのは僕だけだろうか。自民党の１年生議員で痛烈なヤジを飛ばし、時にはうるさいと感じるが、”終始一貫ぶれない理詰め男”と僕が思っている、税理士資格を持った参議院議員の西田　昌司が質問に立って貰いたかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-04-26T22:17:59+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-0a76.html">
<title>南の会情報交換会と”うきは市”旅行と、タケノコ堀り・・・・（３）</title>
<link>http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-0a76.html</link>
<description>昨日来た道を引き返すと言っても、ホテルから１５分程度である。確かに白い土蔵らしい...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;昨日来た道を引き返すと言っても、ホテルから１５分程度である。確かに白い土蔵らしい建物が目立ったし、街全体が白っぽく見えたから、町興しの一環として白壁を強調したに違いない。このような歴史を感じる町並みは過去に何ケ所も見てきているので、特段珍しくもないが、歴史資料館らしき処へ行けば新たな発見もあるから、是非そういう場所を探したかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;何となく無料駐車場らしい広場を発見して、そこへ駐車した。後ほど案内書を見たら、JR筑後吉井駅と、うきは駅との間に目指す観光スポットがあった。駐車したのはほぼ真ん中くらいに位置する”白壁交流広場”であった。そこにはテントを張って農産物などを売っている人たち４～５人がいた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;僕らは観光に訪れた、よそ者と判ったに違いない。「観光に来られたのでしょう？何処からですか？」僕らはありのままに答えた。「じゃーこれを上げます」と渡されたのは、２月１０日から４月３日までに行われた”筑後吉井おひなさまめぐり”と大書されたパンフであった。祭は既に終了していたが、彼らはその後訪れる観光客に説明したり、案内するボランティアらしい。女性達は売られている農産物に目が行ったようで、ピーナッツやタラノメやパン等を買い始めた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;中の一人で大人しそうな４０年配の人が、「開館時間には早いが、展示館を案内しますよ」と言う。何の展示だろう？僕はそれより市中を散策したいのにと思いながら、折角誘ってくれたのだからと付いて行った。連れて行かれたのは「市立　金子文夫資料展示館」で、広場の直ぐそばであった。故　金子文夫氏は地元の郷土史家で収集家でもあり、長年に渡り民俗資料、骨董、郷土玩具、雛人形を多数収集した人らしい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;金子さんから詳しい説明を受ける&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4299.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4299&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4299&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4299.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;飾られていた”博多祇園山笠人形”&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4293.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4293&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4293&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4293.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;連れて行った人の名札を見たら、「金子＊＊」と書いてある。展示室に行って家系図を見ていたら、文夫氏の息子であった。僕が指摘するまでそれを隠して説明されていたが、「実はそうなんです・・・」と言われ、父親の収集した殆どに、注釈を加え約１時間に渡り説明された。多くの雛人形、こけし、陶磁器、刀剣の鍔、鎧など、骨董収集家なら垂涎の品が多数展示されていた。僕は鎌倉・室町時代の鍔に興味を持って見入った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;雛飾りの一つ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4295.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4295&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4295&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4295.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;鎌倉・室町時代の鍔&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4303.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4303&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4303&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4303.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１２０万円以上の値がついたという”色鍋島”&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4301.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4301&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4301&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4301.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;丁寧にお礼を言って、次は白壁通りを散策することにした。家人は犬を連れて歩くのでどうにものろい。ウイークデイなので、観光客は殆どいない。しかも国道に面しているし、件の”白壁通り”は幾らか入り込んでいても車は通るし、いわゆる江戸時代から続く、道路幅の狭い、軒の低い伝統的全国版のそれではないので、さほど物珍しくもないのは仕方ないことかもしれない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;国道２１０号線沿いに建つ白壁土蔵&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4306.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4306&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4306&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4306.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;”白壁通り”に建つ土蔵&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4307.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4307&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4307&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4307.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;白壁交流広場に戻ってきたら、一人の観光客が僕に近付き「姶良市の方ですか？」と問う。前述のボランティアに「何処から来たのか」と問われ、熊本と鹿児島の姶良であると答えたのを、この観光客に話したのだろう。彼は「実は家内が姶良市出身で、僕は鹿児島大学出身です」と話す。他県で出合った場合、出身地が同じであることは、確かに懐かしさを感じるのは理解できる。「いやー、僕は熊本出身ですが、鹿大を出て姶良に住んでいます」など、暫く談笑して別れた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;時間がないので観光を打ち切って、国道２１０号線を日田市に向かった。車中から、元同僚で現在自動車販売業をしているS君に電話を入れた。彼に会うのも今回の目的の一つであった。昨年２月に僕は彼から、入手が中々困難な中古車のIQ（トヨタ）を世話してもらったのだ。中途退職者で成功した数少ない一人である。商談中で外出先から帰宅まで４０分程度掛かるという。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;昼食には少し早かったが、家人が食べたかった”焼きソバ”を食べるため、指定の店へ向かった。４０年前は小さい食堂であった店は現在、株式会社組織まで拡大させている。あの当時の大きな皿に山盛りの焼きソバをイメージしていたが、今回食べたそれは、味は覚えていないものの量的には当時よりかなり少なくて、他店より料金は高かったので、M夫妻に申し訳なく思った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;その後S君へ会うべく、彼の会社ヘ向かった。S君夫婦が待っていてくれた。１年２ヶ月ぶりの再会で、Mさんとも面識があったので暫し談笑した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;S君宅での交歓の様子&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4318.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4318&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4318&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4318.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;帰途は随分昔に一度だけ通った道を、辿って見ようとの話になり、日田市から大山町を通り、松原ダムの曲がりくねった道を抜け、上津江を経由して熊本県の菊池市に抜ける道路を行くことにした。女性達の要求で、既に２箇所の道の駅に寄ってかなりの時間を費やしている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;日田市から松原ダムまでは、僕が勤務した時代にダムが完成しているので何度も通っている。しかしそこから菊池市までは、山道だったとの記憶はあるが、道幅など記憶にない。驚いたことに想像以上に道幅も広く、確かに山の中を通っているが、そんなに曲がりくねってもいなかった。予想した以上に早く菊池市に着いた。菊池市は父の転勤で、中学から高校時代に掛けて２年ほど住んだので懐かしさがある。甲佐町のMさん宅に帰り着いたのは午後３時過ぎであった。往復共にMさんが運転した。「助手席より運転しているほうが楽だ」と語る彼に甘えた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;それから僕の一仕事が待っていたのである。Mさんは栗林も所有しているが、竹林も持っている。実は前日、うきは市へ向かう前に、早起きしてタケノコを数本掘り出し、熊本市の家人の友人に届けたのである。今度は姶良市の友人達へそれらを届けるべく、沢山掘り出さなければならない。大して疲れてもいないから、早速竹林へ向かった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;顔を出したタケノコは２０本以上ある。可能な限り掘り出して欲しいと家人は頼むが、限られた時間ではそんなに掘れない。結局１時間弱で１０本以上掘り出した。これら新鮮なタケノコを積んで、姶良市の自宅へ帰り着いたのは午後７時過ぎであった。数年前に１～２度経験したタケノコ堀りであるが、そんなに簡単ではなかった。タケノコ堀りを動画に収めたので、ご覧頂きたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;&quot;&gt;&lt;iframe width=&quot;420&quot; height=&quot;315&quot; src=&quot;http://www.youtube.com/embed/VCLroJur8sc&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt; &lt;/iframe&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/21/imgp4340.jpg&quot;&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>旅行・地域</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-04-22T18:58:14+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-a815.html">
<title>南の会情報交換会と”うきは市”旅行と、タケノコ堀り・・・・（２）</title>
<link>http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-a815.html</link>
<description>今回の熊本行きは”うきは市”旅行と、セットで計画したものであった。事の起こりはM...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;今回の熊本行きは”うきは市”旅行と、セットで計画したものであった。事の起こりはMさんの”ツキ”から始まった。大事な場面で常に幸運に恵まれるMさんに「運の良さだけで生きている」と揶揄する僕であるが、確かにこの人にはツキがある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;昨年春のあるイベントで、彼はホテルの半額優待券を引き当てた。限定されてはいたが、２０社程度の九州のホテルから泊まりたいホテルを選んで、二組が通常料金の半額で泊れるのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;昨年７月にその優待を使って、Ｍ夫妻と僕等夫婦は平戸旅行を楽しんだ。旅行後に送られてきた”満足度通信簿”と題するキャンペーンに、ダメもとで応募したハガキに今回は僕が当選したのである。宿泊したホテルの満足度を点数で評価するもので、無料宿泊招待には入らなかったが、半額優待券が送られてきた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;確認せずとも断るはずはないと判っているが、一応Mさんに尋ねた。当然「是非行こう」であった。場所とホテルは任せるということなので、料金と相談の上ではあるが、昔勤務したことがある大分県日田市に近い、福岡県うきは市浮羽町の”花景色”なるホテルに予約を入れた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;日田市の営業所に、２０才台後半の昭和４５年から４７年までの２年間勤務したことがある。まだ高速道路もない時代であるから、熊本市から国道３号線を北上し、久留米市から国道２１０号線を東に向かうルートである。軽自動車ホンダN３６０で何度往復したものか。４０年以上も前のことなのではっきりした記憶はないが、多分４時間近く掛かっていたかもしれない。久留米市と日田市の間に、その当時浮羽町と呼んでいた”うきは市”があり、かすかな記憶であるが、ブドウの巨峰や梨などを売っていた小屋が並んでいた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;昔の同僚の結婚式や、”日田会”と称した当時の仲間の集まりなどで、その後数回は訪ねたことがありそのルートは何度か通ったが、多くは他の近道を利用したり高速道路を利用したので、少なくとも２５年以上は通っていない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;懐かしさもあり、その道を通ってみたかった。さらに経費節約にもなるので高速道路を途中で降りて、国道を利用しようと考えたのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;南の会の翌日（月曜）、墓参などを済ませた僕等４人は、午後１時過ぎMさんの車でホテルがある”うきは市”へ向かった。晴天が続いており絶好の旅行日和であった。時間は十分余裕があるので、出来るだけ国道を利用することにして、御船インターから３つ目の植木インターで降りた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ここから国道３号線を北上するのである。山鹿市を通過、印象に残る”小栗峠”を登る。車にクーラーのない時代でもあったが、狭い軽自動車で峠を登るのは、考えるだけでも夏場は暑苦しかったに違いない。が、僕にその記憶はない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;女性が２人乗っていれば、何時ももそうである通り”道の駅ツアー”になる。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;買わなくても道の駅があれば必ず「寄りたい」と言うから時間が掛かる。加え家人はバッグに入れた犬（小型犬）を連れているから、たまに散歩もさせねばならない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;八女市を通過し久留米市に入るが、町並みは当然変貌しているから記憶の一片もない。久留米から方角を変え東に向かう。当時は無かった道筋が何本も出来ていて、カーナビが無ければ迷いそうである。右側に、これは良く記憶に残っていた”耳納山地”が見えてきた。Mさんもこの道を何度か通っているらしく、懐かしい場所を思い出したらしい。”田主丸”という地名も覚えているが、合併されたのか、ついぞ見つけることが出来なかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;一人で運転しても疲れを見せないMさんが、到着するまでハンドルを握り、久留米市から１時間半程度で、うきは市の筑後川温泉郷にある”ホテル花景色”へ到着した。筑後川のほとりに建つ、少し年数の経った４階建てのホテルであった。外観を見て少しがっかりしたが、車の多さで客の入りが推し測れたし、このホテルの”売り”が後刻判るのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宿泊したホテル&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4289.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4289&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4289&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4289.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;フロントでの説明は「とにかく温泉に入ってみてください」と言う。評判の泉質らしい。ホテル内にある大浴場ではなく、別棟に作られた浴場に入ってみて驚いた事に、浴槽の周りが畳敷きであったし、ぬるぬるとした泉質も素晴らしかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;個室に案内された僕らは、夕食の料理を運んできた３人の女性従業員の明るい笑顔と言葉使いに驚いた。３人が３人とも作り笑顔でなく、心から歓迎している気持ちが伝わってくるのである。僕らは異口同音「気持ちが良いねー」であった。こんな接客は過去に殆ど経験がない。朝の大食堂でも同じ事を感じた僕は「皆さんの接客態度は素晴らしい。本当に立派だ」と、本音を伝えた。「いやー、そうですか？、でも褒められると嬉しいです」と満更でもなさそうだった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;新聞の切抜きが１階のエレベーター前に貼ってあった。「九州・山口２０１１年度優秀旅館・ホテル満足度通信簿」の５部門のなか全てにこのホテルが入っていて、特に接客部門では一番上に書かれていた。これで「なるほど」と頷けた。建物は古かったし、客室も現代建築から程遠かったが、それなりに出来る工夫がしてあった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;当然、トイレはウオッシュレットだし、調度品も見事に整列、必要な機器類は全て揃っていた。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;何より、お客に安心してもらいたいとの気持ちが伝わってきた。エレベーター内に１脚の椅子が身体不自由者のために置かれたり、各階のエレベーター前には椅子が３脚ほど置かれ、座ってエレベーターの到着を待てるような気遣いもしてあった。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;各所に生け花が置かれ、心和ませてくれた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;目覚めたら外で「パンパン」と音がする。何だろうと覗いたらホテルのハッピを着た男性が、ホテルの直ぐ前の筑後川に向かい手を叩いたあと、何か投げ入れている。そのたびに川面がバシャバシャと波立ち、魚の集団がそれを争って食べているのである。後で判ったことであるが、投げていたのは固形餌で、魚はイダ（うぐい）であった。ここまで餌付けするには時間がかかったそうである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ホテル前を流れる筑後川&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4288.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4288&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4288&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4288.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;餌に群れる魚（うぐい）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4290.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Imgp4290&quot; class=&quot;image-full&quot; alt=&quot;Imgp4290&quot; src=&quot;http://akaeboshi.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/04/20/imgp4290.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;犬の散歩に出たあと、家人は朝風呂に行ったが、僕は川岸に降りて付近の風景をデジカメに収めた。寒くもなく実に気持ちの良い朝であった。この川の上流は”三隈川”と呼ばれ、僕が住んだ日田市では鵜飼が有名であった。若く恥多かった過ぎ去りし２年間が思い出された。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;非常に居心地の良さを感じた我々は、チェックアウト時に「素晴らしいホテルだから、又来ても良いね」などと話していたら、事務所から中年の男性が出てきた。その人が社長で、川で餌を投げていたその人であった。奇しくも僕が住んでいる姶良市の出身で、最近帰省したことなども話してくれた。「そんなご縁があるのなら、又半額で泊めてよ」と無駄口を叩いた僕らではあったが、多分そんな余裕は僕にはないであろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;近年、殆ど経験した事のない気分の良い宿泊が出来たことに満足した僕らは、昨日通った”うきは市”の街を散策することに決めホテルを後にした。僕ら夫婦は当日中に姶良市まで帰らなければならない。以下次号&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>旅行・地域</dc:subject>

<dc:creator>DANDY-GRANDPA</dc:creator>
<dc:date>2012-04-20T20:58:15+09:00</dc:date>
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